いよいよこのシリーズもネタがなくなってきました。あるにはあるが日本人とは疎遠なファイターばかりで苦労して書いても誰にも読まれません。この手の記事はアクセス数の低さったらないのですが好きでやっています。今回は趣向を変えて、ボクサーではなくトレーナー。日本でも有名なイスマエル・サラス、やはり経歴、実績は半端ない。
イスマエル・サラスはボクシング界のトップトレーナーとして知られている。キューバの巨匠はプロの仕事をする前にアマチュアで多くの指導、実績を作った。今までに19人の世界王者をトレーニングし、現在はホルヘ・リナレスのコーナーを務めている。
サラスはグアンダナモで1957年6月17日に6人兄弟の一人として生まれた。共産主義のキューバにおいてもそれほど過酷な生活は強いられなかった。9歳の時ボクシングに興味を抱いた。
サラス
「父はグアンダナモの米軍基地に勤めていました。キューバは過酷でしたが、父は高給取りで私たちは裕福でした。幼少期に近所のボクシングジムでよく遊んだ。スポーツの専門学校に進学して学位を取得しました。」ハイレベルで有名なキューバのアマチュアボクシングで1971年から78年にかけて46勝5敗という成績を収めた。21歳の時、ボクサーからトレーナーに転身した。
サラス
「師匠のホセ・マリア・チバスの教えが好きで彼の道を辿ろうとおもいました。自分に向いていました。キューバのグアンダナモには偉大なファイターが大勢います。私は最高の師匠やファイター達から学ぶことができました。」その後4人の五輪金メダリストを含む多くの優秀なアマチュアを育成、世界中を旅した。13年間グアンダナモのヘッドコーチを勤め、1983年にキューバ代表のヘッドコーチに就任した。
1989年、サラスはキューバを去り、当時のAIBAのトップからパキスタンでのボクシングの育成と指導を任された。1992年のバルセロナ五輪まで働き、世界中を講演した。タイで仕事をしていた時も6人の世界王者を誕生させ、1996年のWBAトレーナーオブジイヤーに選ばれた。アマチュアも同時に取り組み、タイ人がオリンピックで2つの金メダルを獲得する快挙を支えた。
しかし、彼の生徒、ソムジット・ジョンジョーホーがバンコクの世界選手権でユリオルキス・ガンボアを破り金メダルを獲得した時は複雑な心境だった。
サラス
「私はガンボアの父親のトレーナーをしていましたので、ユリオルキスをよく知っていました。申し訳ないがこれが私の仕事なのです。その後ユリオルキスは亡命しドイツに行きました。私と一緒に仕事がしたいというので共に働きました。」2007年にガンボアと契約する前、サラスはオーストラリアでダニー・グリーンのコーチをしていた。その後2008年に米国にいくまで様々な国で働いた。それ以来、ベイブット・シュメノフ、ジェシー・バルガス、ランセス・バルテレミ、ノニト・ドネアなど多くのファイターと仕事をしている。夏には再起を目指すデビッド・ヘイを指導するためロンドンに向かった。(2008年くらいの記事です。)
現在サラスはラスベガスに住み、日本人のことみさんと結婚生活をしている。10年共に過ごし息子が一人。過去の結婚で3人の子供がいる。ボクシングから離れるとコンサートに行ったり映画をみたり、レストランに行ったりして過ごしている。
指導した想い出深いファイターたちについて
ベストジャブ ダニー・グリーン
私の教え方は動きをコントロールする、体全体の力を上手く生かしてパンチを打つということです。ダニー・グリーンは基礎レベルが高く、ジャブが強い。膝、肩、肘など身体を上手く使って強力なジャブが打てる。彼はジャブだけで相手をノックアウトしたこともある。
ベストディフェンス ギジェルモ・リコンドー
リコンドーはディフェンスとカウンターを調整してミックスできます。リコ・ラモスと試合をした時が印象的でした。3種類のディフェンスがあります。足、ボディ、頭。リコンドーは足や上半身をミックスさせてディフェンスが出来るのです。
ハンドスピード ユリオルキス・ガンボア
彼は爆発力があるファイターです。ガードが低いと指摘されますが、彼は筋肉質で腕が短いために高くあげられないんです。
フットワーク ユリオルキス・ガンボア
彼はとにかく爆発的です。インサイドでもアウトサイドでも。リコンドーもリナレスも素晴らしいフットワークを持っていますが全盛期はガンボアの方がさらに良いかもしれません。どんな距離、アングルからでも爆発的に動くことが出来ました。
ベストチン セーン・ソープルンチット
岩のように打たれ強いアゴの持ち主でした。デビッド・グリマンからタイトルを奪い、9度の防衛のうち6人の世界王者を破りました。教え子の中ではとても小さく細い男でしたが、最強のアゴを持ち、タフで頑丈でした。でも彼はたくさんパンチを打たれたので今は少しパンチドランカーです。丈夫なアゴを持つのは良いことですが、第二の人生を悩ませることにもなります。
スマート ギジェルモ・リコンドー
リコンドーとリナレスはスマートです。リコンドーは何でもできる。リナレスはアウトボクシングが素晴らしい。ボクシングとは何ですか?いい攻撃と防御です。一番を選ぶならリコンドーです。
屈強 ダオルン・チュワタナ
彼はバンタム級の王者だったが、タフで屈強でした。誰でも押し込んでいくことが出来ました。パンチ力があり強くヒットしなくてもヘビー級のファイターすら倒すことができました。調整がいつも悪かったけど、リアルファイトになると、あぁ神よ、とても屈強でした。
ベストパンチャー ユリオルキス・ガンボア
ワンパンチでノックアウトするパワーがありました。私にとってボクシングは芸術です。ホルヘ・ソリスをノックアウトした時のパンチは芸術作品のようでした。打ち合って倒すことではない、KOには確固たる理由があるのです。ダニー・グリーンも素晴らしいパンチャーです。史上最高はアマチュアのフェリックス・サボンです。破壊力を持つ3度の五輪金メダリストです。ピチット・シスパンプラチャンも素晴らしいパンチャーでした。
ベストスキル ギジェルモ・リコンドー
ベストオブベスト、彼はボクシングの全てです。非常に優秀です。しかし彼にはハンデが2つありました。キューバ人である事、軽量級である事です。
総合 ホルヘ・リナレス
リナレスこそボクシングそのものです。攻撃、ディフェンス、カウンター、彼はワンパンチノックアウトもできればずっとパンチを繰り出すこともできます。120試合以上の世界戦をしてきて、コーナーで何も言わなかったのはリナレスだけです。それだけパーフェクトなパフォーマンスでした。アンソニー・クロラを7回でノックアウトできたのにしなかった。彼は優しい、マスターピースです。そんな彼の意志を私は尊重しました。
https://www.youtube.com/watch?v=4p45DrOPr8A&t=22s
このインタビューを受けた時の教え子がホルヘ・リナレスだからこうなったのだろう。特別な才能を多くみてきたトレーナーの視線は選手とは異なる。
皆超一流だが、完璧、無敗を通したものはいない。
サラスの目には井上尚弥はどう映っているのだろう。
やはりガンボアのような落日は誰にでも訪れるのだろうか。
日本人もたくさん世話になっているはずだが、やっぱりというか残念ながら誰一人言及されていませんでした。「日本人のボクシングは教科書通りだから単純なんだ」はノニト・ドネアの言葉だったとおもいますが、今年、井上尚弥以外の全敗の試合は図らずもそれを強く感じてしまいました。
トレーナーというのもビジネスなので、合う合わないがあるとおもいますが、共産圏のキューバ人がこれほど世界各地を旅して王者を作り上げる人生というのも素晴らしいな。
タイ人のくだりは興味深い。ダオルン・チュワタナ観たかった。
ちなみに
ピチット・シスパンプラチャンというのはピチット・チョーシリワットの兄で24勝18KO無敗で引退した第11代IBF世界フライ級王者です。脳の損傷で引退したが、デビューから13年間ダウンや敗戦を1度も経験しなかった。
IBFなので日本人との絡みがなかったが天才だな。