階級別 フェザー レジェンド

羊の皮を着たドラゴン/(ザ・ドラゴン)クリス・ジョン

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クリス・ジョンはさながら羊の皮を着た狼だった。“The Dragon(ザ・ドラゴン)”というニックネームの他“The Indonesian Thin Man(細身のインドネシア人)”とも言われたジョンは見た目が弱そうでチョロそうだった。佐藤修も勝つ気満々だったろう。しかしこのインドネシアのやせっぽちは散打の使い手にして攻略至難な達人、その後10年以上、18度も防衛する巨人だった。

インタビューでは日本人のあの人も出ているのでお見逃しなく・・・

クリス・ジョンは2000年代から2010年代前半にかけてフェザー級の主役だった。熟練したインドネシアのファイターはWBAタイトルを10年以上保持し、18度の防衛に成功した。

ジョンの在位期間は、ボクシング史上5番目に長く、ジョー・ルイス(11年、7か月)、ジョニー・キルベイン(11年、3か月)、ジョー・カルザゲ(10年、11か月)、バーナード・ホプキンス(10年、3か月)に次ぐ記録だ。フェザー級の防衛記録はエイブ・アッテル(20度)エウセビオ・ペドロサ(19度)がある。

1979年9月14日、インドネシアのバンジャルネガラで4人兄弟の一人として生まれた。幼いころから父親にボクシングを薦められた。

ジョン
「生活は大変でした。貧乏で父はボクシング以外は何も与えてくれませんでした。それが父親に対する想いでの全てですが、若いうちからボクシングを通じて社会の規律を教えてくれたので私の人生の柱になりました。父には大きな借りができました。」

ジョンは知られたアマチュアではなかったが、地元で30戦くらい戦い結果を出していたので、トレーナーのスタン・ランビンはジョンを17歳の時にスマランに送り、自分のマネージメント選手にした。

ボクシング以外でジョンは中国武術、散打も習得し1997年に東南アジアの大会で金メダルを獲得した。

プロに転向し12試合目でジョンは貴重な経験をした。

ジョン
「1999年7月ジャカルタでモハマド・アルファルドジと戦った試合です。私は20歳でした。インドネシアフェザー級タイトルマッチでしたが私のキャリアで最も過酷な試合で多くを教えてくれました。初回に2度ダウンし鼻の骨が折れました。大量出血しました。成功は準備とタイミングが整った時に訪れるという父の教えを守り、決して諦めませんでした。私はその時準備ができていたのです。最終12回にノックアウトで勝利しました。鼻血がひどくて倒すしかありませんでした。」

ジョンは世界挑戦に辿り着くまで地域王座を守り続けた。

時のWBA王者、デリック・ゲイナーが負傷し防衛戦を行うことができなくなったために、ジョンは暫定王座をかけて、オスカー・レオンと対戦。2003年9月、「インドネシアのやせっぽち」はスプリットで勝利した。

その後正規王者に昇格したジョンはデリック・ゲイナー、ファン・マヌエル・マルケス、ロッキー・ファレスなどのビッグネームらを予想に反しことごとく振り切った。同国のダウト・ヨウダンの挑戦にも勝ちぬいた。

ロッキー・ファレス戦で米国デビューしたにも関わらず、ジョンは地元はじめアジアでほとんど戦った。その方がファイトマネーがよく、インドネシアでは彼は英雄だった。インドネシアでは視聴率が50%を超える人気だったのでアウェーで戦う必要がなかった。

2013年12月6日、南アフリカのネルソン・マンデラがなくなったその日に、ドラゴンの栄光は終わりを遂げた。(ドラゴンは中国では幸運をもたらす意味があり、ジョンは中国系インドネシア人)南アフリカのシンピウェ・ベチェカに6回TKOで敗れ、初黒星、48勝22KO1敗3分という記録を残してそのまま引退となった。

ジョンは自分のキャリアを振り返り、マルケスとヨウダンに勝った試合が最も誇らしいと語る。

ジョン
「マルケスという世界最高のファイターに勝ったことでインドネシアという国を世界にアピールできたことが大きな誇りです。誰もマルケスに勝てるという人はいませんでしたが、私はハリージムでしっかり準備していたのです。だから勝てたのです。

そしてヨウダンというインドネシアの同胞と戦うことで国民を熱狂させたことも誇りにおもう。ヨウダンは次世代のホープだったが、若さでなく経験が大事だという事を示せたとおもう。」

トニー・トルジ(ハリージム責任者)
「クリス・ジョンは私は出会ったボクサーで一番謙虚な男です。彼は3つのDを守り生きてきました。(dedication=献身 discipline=規律 determination=決意)です。ジョンの父親が息子にこれらを与えたのです。

成功するのにエレベーターは使えません。階段を上る必要があります。ジョンは毎年誕生日に孤児院を訪れ食べ物とプレゼントを配っています。真の人道主義者です。10年以上にわたる王座で何度もインドネシアの大統領から表彰を受けました。WBAの10年王者、クリス・ジョンと共に働けたことは大いなる特権であり誇りです。」

ジョンには現役時に戦ってみたかった心残りの選手が一人いた。

ジョン
「マルコ・アントニオ・バレラとやってみたかった。マルケスがバレラに勝てるなら私にだってできるはずだ。しかし挑戦したいとおもってもバレラは先に引退してしまいました。」

現在39歳になったジョンは妻と娘2人、スマラナグで暮らしている。ボクシングプロモーターや不動産ビジネス、テレビに出演したり、講演したり忙しく第二の人生を過ごしている。

ライバルについて

ベストジャブ ファン・マヌエル・マルケス

彼のジャブが最高だった。正確で強力でダイナマイトのようだった。

ベストディフェンス ソレ・スンダバ

私にパンチをたくさん打たせて疲れさせる作戦だった。でも当時の私は若くスタミナ豊富だったのでその作戦は通用しなかった。けれどマルケスやゲイナーと比較してもスンタバの防御は最高でした。タイトなディフェンスで、あごやボディにクリーンに当てるのが難しくて肩やどこでもいいから打つしかなかった。

ハンドスピード デリック・ゲイナー

彼は背が高かった。リーチも長くとても速かった。あんなに背が高く痩せているから速いんでしょう。

フットワーク ファン・マヌエル・マルケス

いい脚をもったカウンターパンチャーでした。例えば私がジャブを打つと同時にステップバックしてカウンターの強烈なストレートを打ち込んでくるのです。

スマート シンピウェ・ベチェカ

私の心理を読み取ることができたのだとおもいます。私のジャブと同時にパンチを返してきてコンビネーションをまとめ打ちしてきました。

屈強 榎洋之

彼はとても強かった。たくさんのパンチを当てても決して諦めない。顔面をボコボコに腫らしてもずっと前進し続けてきました。彼はそんな事を全く気にしていないようでした。最初から最後まで私は試合を支配したので彼は負けることがわかっていたとおもうけど決して降伏しませんでした。

ベストチン トンチャイ・トリービセット

アゴに的確にパンチを当てても彼は何度も魔法のように立ち上がってきました。経験上、他のボクサーならノックアウトされています。私はレフリーに何度もアピールしました。反撃できなくなったトンチャイをレフリーがストップしました。

ベストチンパンチャー ファン・マヌエル・マルケス

彼のパンチは正確な上に強力でした。

ベストスキル ファン・マヌエル・マルケス

とてもスマートな完成度の高いボクサーでした。テクニックもパンチも抜群です。彼のようなファイターがマニー・パッキャオに勝ったのも不思議ではないとおもいます。

総合 ファン・マヌエル・マルケス

フットワークも素晴らしく、カウンターも硬くて強力で非常に正確でした。彼に勝ったことを本当に誇りにおもいます。

インドネシアにクリス・ジョンを超えるボクサーは出てくるだろうか?
在位10年以上、18度防衛、こんなボクサーは日本にもいない。

しかしこの偉大な記録を残したヨハネス・クリスチャン・ジョン(Yohannes Christian John)は見た目が弱そうなヒョロい青年だった。そういう奥深さがあるからボクシングは面白い。自身は芯に効かせず、効果的に相手の芯に当てる、中国武術、散打由来のアジアンミステリーだった。

一般にはアメリカデビューに失敗した地味な選手という印象だが、インドネシアで十分だったのだ。視聴率50%を超える英雄なのだから。

(STRONGEST=屈強)に榎洋之が選出、懐かしい。けれどジョンのコメントもユニークだ。「負けると分かっていたはずなのに降伏しないんだ」

マルケス戦等はこれから復習して検証しようとおもうが、最初は日本人の誰かが勝てそうとおもってみていたが、やはり歯が立たなかった。武本戦あたりでは強さ、怖さすら漂う勝ちっぷりだった。マルケスやゲイナーをクリアしてしまうアジア人、想像できなかった。

最後のシンピウェ・ベチェカ戦はいかにも、もうクリス・ジョンの長い在位、魔法も終わる時だと感じた。

潮時だった。

偉大な“The Indonesian Thin Man(細身のインドネシア人)”クリス・ジョンに敬意を表す。

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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