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ミスターパーフェクト/ワシル・ロマチェンコの作り方

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最近、ニュース的な事よりもボクサーを掘り下げた記事に関心が移っている気がする。読み物としてアクセスは低くても時間で消えるものではなく後に残るから。自分が読み返したいから。ハイテク、マトリクス、ロマチェンコの事を知りたかったが表面的なものしかみつけられませんでした。井上尚弥に似たところがある気がするのは気のせいか・・・

ワシル・ロマチェンコは、ウクライナのプロボクサー。オデッサ州ビルホルド・ドニストロフスキー出身。元WBO世界フェザー級王者。元WBO世界スーパーフェザー級王者。現WBAスーパー・WBO世界ライト級統一王者。

世界最速の3階級制覇王者。パウンド・フォー・パウンド最強のボクサーとして評価されている。アマチュアでも輝かしい成績を誇り、北京オリンピックはフェザー級、ロンドンオリンピックはライト級で制し、オリンピック2連覇を果たした。アマチュア時代はたった1回しか負けたことがない。プレッシャーをかけ手数を多く出して多彩なテクニックを武器に試合を組み立てる。

2013年のプロデビュー戦を除く全てが世界タイトルマッチだ。

ロマチェンコのサクセスストーリーは厳格さと決意の物語であり、そこから学びとれることがたくさんある。学生であれ、ビジネスマンであれ、年金受給者であれ、あらゆる階層の人々の人生の参考になるだろう。ロマチェンコから学ぶためにはボクサーである必要すらない。

ロマチェンコの教育

歴史上の人物を知ることは、それが試験や仕事に直接関係がなくても人生の役に立つ。貴重な人生の教訓を学ぶことができるが、すぐに役に立つものではなく長い時間をかけてそれらを吸収していく場合に限る。

ロマチェンコがボクシングをはじめるまで少し回り道があった。
父親でトレーナーのアナトリー・ロマチェンコはボクシングのトレーナーをしていたが、息子を最初はアイスホッケー選手にするつもりだった。幼い頃から息子を指導してきたが、あえて回り道を強いた。ワシルはボクシングをするまで、伝統的なウクライナのダンスクラスに参加した。また、リングに入る前に体操選手として訓練させられていた。

これは、身体能力の基礎、全てに通じる身体訓練が重要である事を示している。ある種の分野で秀でたものになるためには、その分野に多くの時間を費やすことが最善の道だと考えがちだが、一つに集中しすぎると逆効果になったり選択肢を制限される可能性もある。

ロマチェンコのケースでは、体操選手としてのトレーニング、伝統的ダンスレッスンに費やした時間がリングにプラスアルファの力を与えたのだと容易には言えないが、結果として「リングでダンスをしているようだ」「アクロバティックだ」と形容されている。

ロマチェンコの特徴は並外れたハンドスピード、反射神経、タイミング、正確性、創造性、運動神経、フットワークなどだ。

ロマチェンコの一日

ロマチェンコの短いブログをみると彼の一日の概要がわかる。
毎日同じではないが原則として朝4時45分に置き、5時から6時までランニング、シャワーを浴びて水を少し飲んでトレーニングの時間まで眠る。

ロマチェンコは試合の1カ月前から本格的な準備に入る。、栄養管理に基づいた食事をし、正午にジムワークを開始。1時間か1時間半練習した後に家に帰って家族と団らん、夕方6時から再び2時間ほどのトレーニング。家に帰ってシャワーを浴び、夕食を取って眠る。

これが基本的なロマチェンコの生活サイクルであり、1日6時間のトレーニングと食事制限、睡眠、ボクシングへの献身、これらを課すことで今のロマチェンコは成り立っている。これがどのようにみえるかは個人の見方によって異なる。

結論

これらの規律によってロマチェンコは大成した。南ウクライナ教育大学を卒業後、アマチュアボクシングを席巻するのに時間はかからなかった。アマチュアでは397の試合で1試合だけ敗北した。(相手には2度リベンジしている)プロでも1度敗北を経験したが、微妙なものだった。

ロマチェンコの成功を知った後はあなたの出番だ。学んだ事を行動に移す時だ。

プクー補足

母親のテティアナが体操インストラクター
父親は学校の教師
妹が一人

結婚していて妻はエレナ、ややこしいが息子がアナトリー(父親と同じ)娘がビクトリア。現在はアメリカ、カリフォルニアのオックスナードに住んでいる。

父親は元アマチュアボクサーで、言い伝えによると生後3日でロマチェンコの傍にボクシンググローブを置いた。ワシルはアイスホッケー選手を目指しながら、サッカー、体操、レスリングにも参加、ロシアのサンボにも精通している。

4歳でグローブをはめ、9歳で最初のアマチュア大会に出た。しかし主にダンスをやっており、毎日パンタロンを着て2時間練習、ウクライナ全国を旅しながらダンスを披露していた。

ボクシングはサウスポーだが、本来は右利き。

ロマチェンコ
「私に歴史をつくるチャンスがあるならそれをしない手はない。」

リナレス戦を受けるのに2秒もかからなかった。

多くの試合の勝ちっぷりから、ロマチェンコには ‘NoMas(no more)Chenko’ (もうたくさんだ)というニックネームがついた。対戦相手が皆勝負にならないと試合を投げてしまうから。

ロマチェンコ
「試合前の記者会見ではトラッシュトークを色々言われるが、試合後は誰も記者会見に来ないよ。」

3階級目のライト級では明らかに対戦相手の方が大きく、 ‘NoMas(no more)Chenko’ ではなくなってきたが、直近のアンソニー・クロラ戦は戦慄のノックアウト劇だった。肩の怪我が癒えてパンチを強く打ち抜くようになったと感じる。8月31日の五輪金メダリスト対決、ルーク・キャンベル戦ではどんなハイテクをみせてくれるのだろう。

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プクー

原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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