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我学ぶ強靭ゆえ/(The Celtic Warrior=ケルトの戦士)スティーブ・コリンズ

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ミドル級の英国2代巨頭、ナイジェル・ベンとクリス・ユーバンクの時代を終わらせたのは一人のアイリッシュだった。彼らを倒した勢いそのままに7度の防衛に成功し勝ったまま引退した。そこにはファイターにしかわからない、ファイターゆえの挫折と学び、理由があった。

スティーブ・コリンズは常に戦い続けてきた。54歳となった今もその炎は彼の中で燃え続け衰えをみせない。

不屈のアイリッシュは82勝8敗というアマチュアキャリアを引っさげてマサチューセッツ州ブロックトンでグッディとペトロネリ兄弟の元、議論の余地なきミドル級王者になるべく訓練された。

1986年にプロに転向したコリンズは未来のトレーナーとなるフレディ・ローチと地元の人気者、ミッキー・ウォードに出会った。コリンズは決して驚嘆するほどの突出したプロスペクトではなかったが、誰よりも一生懸命、ハードに鍛錬する精神力を持っていた。

「The Celtic Warrior」は1989年にトニー・ソーントンに勝って初めて注目されたが、そこでいきなり狼の檻に投げ込まれた。WBAミドル級の名王者、「ボディスナッチャー」マイク・マッカラムとの試合が組まれたのだ。

アイリッシュスターはその時点で16戦のキャリアしかない状態だったが、当時最も避けられていた未来の殿堂入り王者と対戦した。試合はユナニマス判定で初黒星となったが、それはコリンズにとって大きな学習曲線であった。スポンジのような吸収力で知識も技術も向上させた。そこにはコリンズに対するトレーニングの多様性があった。

コリンズ
「ペトロネリ兄弟の元でスキルを大幅に発展させました。フロイド・パターソンにはパワーを生み出すコツを教わった。ロンドンを拠点とするフレディ・キングにはリングで相手を追い詰める方法を教わった。そしてフレディ・ローチはそれらすべてをまとめてくれました。優秀なスタッフによるトレーニングのおかげで実績を残すことができました。その歩みは少しづつでしたが、それらが全て合算されました。」

1992年、コリンズはレジー・ジョンソンとスンブ・カランベイに連敗するが、その後2度と負けることはなかった。世界王者になるという夢を実現し(2階級)世界中の尊敬を獲得することに成功した。

「The Celtic Warrior」は大西洋を横断し英国に出向き、1990年代半ばにクリス・ピアットをTKOで下しWBOミドル級王座を獲得、168ポンドでクリス・ユーバンクとナイジェル・ベンの長い統治に終止符を打った。(それぞれ2戦2勝)

1997年7月5日、グラスゴーのケルビン・ホールでクレイグ・カミングスと対戦し3回1分17秒TKO勝ちで7度目の防衛に成功したのを最後に王座在位のまま現役を引退した。

36勝21KO3敗
第6代WBO世界ミドル級王者
第3代WBO世界スーパーミドル級王者

ライバルについて

ベストボクサー マイク・マッカラム

間違いなくマッカラムです。彼は当時33歳でボスでした。私は26歳でまだ成長段階でした。マイクはその時点ですでに世界のベストに勝ち続けていました。とても優れたテクニシャンで、シュガー・レイ・レナードのような男は決してマッカラムには近づこうとしなかった。マッカラムとの1試合で5試合以上の経験をしました。わかりますでしょうか?熟練した技巧派でコンビネーションのマスターで全てを持っていました。今まで対戦した中で一番クレバーなファイターでした。

ベストパンチャー ナイジェル・ベン

ナイジェル・ベンが最も激しかったです。いかに凄いか例えようがありません。初戦でナイジェルに顔面を打たれた時、歯が全部折れたと思いました。あの時の血の味が忘れられません。実際に胃が痛くて気分が悪くなりました。あんな経験は他にありません。

ベストディフェンス マイク・マッカラム

マッカラムはとてもスリックでした。パンチの反動を生かす能力がありました。誘って相手に手を出させ質の高いカウンターを打ってくるのです。ディフェンスも洗練されており、あらゆる面でよく訓練し統制されていました。彼とリングを共有するのは素晴らしい経験で後のキャリアに大いに役に立ちました。前半、アウトボクシングをしようとして上手くいかず、後半はガンガンと攻めていきました。フィジカル、耐久力、決意を駆使して彼に迫りましたが勝てませんでした。まだ私の時間ではなかった、準備が足りなかったと教えてくれました。

ハンドスピード マイク・マッカラム

答えられません。私が戦った多くのファイターはヒットアンドランを駆使した。強いていえばマッカラムでしょう。彼はとても速かったです。

フットワーク ポール・ジョーンズ

リングで相手を追い込む、逃げ場を遮る方法を知っていたので相手のフットワークは問題ではありませんでした。足が速いからといって私を困らせるものはいない。プロであればそうあるべきです。ポール・ジョーンズという(元WBOジュニアミドル級王者)男とスパーリングをしました。彼は「シルキー」というニックネームでしたが、彼はリングを効果的に動くことができました。彼と対策していれば試合で困ることはなかった。彼は最高のパートナーでした。

ベストチン クリス・ユーバンク

ユーバンクです。ビッグショットを当てても平気な顔をしていた。彼を倒したのはボディです。とてもタフで頑丈で残り一秒まで危険な男でした。ナイジェル・ベンのようなパワーもマッカラムのようなコンビネーションもなかったけど信じられないほどの強靭さを持っていました。ビッグショットを当ててトドメを刺した、もう勝ったとおもう。けれど彼のスタイルは普通じゃなかった。次に何が起きるかわからない。それは彼が時間を買う方法でした。でも私はそれらを無視して彼に全てをぶつけました。いつもパンチが当たる距離で殴り合いました。彼は最も過酷で丈夫な男でした。

ベストジャブ マイク・マッカラム

最高のジャブを持っていました。ジャブで相手をコントロールしミスをすると罰が待っていました。

屈強 クリス・ユーバンク

彼が最も強靭でした。彼のフィジカルは素晴らしかったけど彼に勝てたのは私がさらに強靭だったからです。スーパーミドル級では私は誰にも負けない強靭さを持っていました。クリスもミドル級は体重が限界で階級を上げてきたが、彼はそれまでそんな強靭さに出会ったことがなかったのでしょう。私と出会って彼の心は折れたのです。私はアマチュアではヘビー級でやっていたんです。強靭さが私の財産でした。

スマート マイク・マッカラム

マッカラムが一番スマートでした。彼から多くを学び、彼は私を教育した。ボクサーは時に特別な男と出会います。それで終わりとなるのか、学びとなるのか。ハメドはバレラに会い、レベルの違う世界に初めて遭遇し敗北しました。彼の場合はそれが終わりでした。

私はマッカラムに負けはしたが、彼はその時代の最高峰だったので、私はより良いファイターになることができました。シュガー・レイ・レナードは私に「マッカラムと戦ってもお金にならないし負けるかもしれない」と言った。私はレナードに「今のセリフを公にしてもいいか」と尋ねて承諾を得ました。

私はマッカラムと戦うことで自分をステップアップさせることができると分かっていたし、負けても後に世界王者になれると確信していました。

マッカラムは十分に評価されていませんが、ただただ彼の記録を観て下さい。彼が破った男たちを。

総合

それは答えるのが難しい質問です。マッカラムといえば簡単ですが1990年は私の全盛期ではありませんでした。クリス・ユーバンクとナイジェル・ベンと戦った時が私のピークでした。マッカラムとはキャリアの成長段階で対戦しました。自分のキャリアを振り返り、自分のピークと重ねると誰と答えるのはとても難しいです。

このインタビューはコリンズ49歳の時のものだが(現在54歳)記事では当時44歳のロイ・ジョーンズとの対戦交渉が続いており、結局実現しなかったが、勝者のまま引退したコリンズはコンディションをキープしており、世界に衝撃を与えると言っていた。

私の好きな時代のミドル級で、記事のある男たち、ナイジェル・ベンやクリス・ユーバンクを書こうとおもったが、マッカラムやカランベイの流れからふとコリンズを観てみるとインタビューが面白かったのでこちらを先にしました。

やはり多くのファイター同様、マッカラムを賞賛している。彼が後のコリンズを作った。
クリス・ユーバンク、ナイジェル・ベンの時代を終わらせた功績が何よりも大きい。しかも共に2戦2勝の完全決着である。(ユーバンクとの再戦はSD)

なぜか物凄く強くて速く手がつけられないような怪物的黒人王者の終焉はイギリス系の白人だったりする事が多い。カール・フロッチやジョー・カルザケもそんなところがあった。上手いけど勝てないだろとおもっていたらそれを乗り越え名王者になってしまう。

強靭なユーバンクが負けたのは俺の方が強靭だからさ、俺はアマチュアではヘビー級だったんだ。
レナードは「マッカラムとは金にならないし負けるかもしれないからやらない」と言った。
特別な男と出会った時、それで終わりか学んで成長するか、ハメドと自分の比較など

なかなか面白い事実でした。

屈強な男は、特別な男、もっと屈強な男に出会った時に負ける。
そしていつか必ず現れる。キャリアの途中か最後に。
それを学びと乗り切るか、終わりとするのか・・・

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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