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小さな巨人が流した涙/リカルド・ロペス

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全てのボクサーで一番好きなのが「リカルド・ロペス」だ。それを言うと必ず別の偉大なボクサーを持ち出されるが、リアルタイム、またはあらゆる映像をみて受けたその想いは一生変わらないだろう。ベストオブベストがミニマム級なのが悲しいが、目撃したものは仕方ない、それもまた神の悪戯なのだろう。

何も言わずこれを観て欲しい。圧巻の強さと美しさ、ジョーさん浜田さんのコメント・・・

リカルド・ロペスは史上最高のミニマム級として世界に認められている。信じられないことに彼にはアマチュアのキャリアがない。(このへんの情報は他と異なる)50勝38KO1分という記録を残し2007年に国際ボクシングの殿堂入りを果たしたロペスは2階級目となるライトフライ級を制する前にミニマム級で王座を統一した。

ロペスはメキシコシティから車で1時間半のモレロス州クエルナバカで育った。

ロペス
「私は両親の祝福を受け幸せに育ちました。特に何も望んでいませんでした。父がボクシング好きだったからボクシングを始めました。ボクシングで成功する姿を父にみせたかったのです。」

ロペスはその目標通り、9年間で21度のタイトルを防衛した。(世界記録)

1990年10月25日、東京後楽園ホールで大橋秀行をノックアウトしはじめて世界タイトルを獲得した。この日地球の裏側、ラスベガスではイベンダー・ホリフィールドが統一王者のジェームズ・バスター・ダグラスをノックアウトした。


(あまりの衝撃とガッツの解説)

ミニマム級では王者であっても海外、特にアジアに出向いてトップ選手相手に防衛を重ねていった。ロペスの芸術的なボクシングは「フィニート」と呼ばれ、後のライトフライ級王者サマン・ソーチャトロンや後にWBOストロー級王者となるケルミン・グアルディア、実力者のアラ・ビラモアなどに圧勝した。

(29分12秒の芸術)

1997年夏、フェリックス・トリニダードVSトロイ・ウォータースのアンダーカードで、この小さな巨人はついに有名なマジソンスクエアガーデンの舞台に立ち、WBO王者のアレックス・サンチェスをノックアウトした。

1998年、メキシコシティの50000人のファンを前に無敗のロセンド・アルバレスと対戦、ニカラグアのWBA王者はロペスが今まで叶わなかったミニマム級でのスーパーファイトの全てをもたらした。2回、ロペスはキャリアで初めてのダウンを奪われ、壮絶な打撃戦を展開、大流血の負傷判定となり結果は引き分け、同年秋に再戦がセットされた。

アルバレスは確信犯的に体重を大幅に超過した。これを受けてロペスの父親は息子に試合の中止を命じたがロペスはそれを断った。メキシコ人の信頼とおのれのプライドをかけていたのだ。激闘の末、ロペスが統一戦を制した。この試合の15万ドルという報酬がキャリア最高額だったと言われている。

その後、ウィル・グリスビーを破り2階級制覇を達成するも、王者のまま2002年11月28日に引退した。

ロペス
「まだ1、2試合はできると思うが、この先何が起こるか分からない。これまでの検査で異常は見つかっていないけど、ダメージを抱えて余生を送るようなことは避けたい」

ロペスの一番の誇りは無敗で引退した事だと語る。それが全てを意味する。ロペスはリングマガジンで80年間でもっとも偉大なファイター70人の一人に選出された。ロペスのトレーナー、ナチョ・ベリスタインも2011年に国際ボクシングの殿堂入りを果たした。(クーヨ・エルナンデスが初期なんですが)

ミニマムという階級の影響で、多くの注目やお金を稼ぐことは叶わなかったロペスだが、人々に尊敬され地元では石像も建てられている。長年連れ添う妻と5人の子供に囲まれ、ボクシングアナリストやモチベーションについての講師などをしている。

リカルド・ロペスに想い出深いライバルについて語ってもらった。

ベストジャブ 大橋秀行

とても強い、いいジャブでした。

ベストディフェンス アンディ・タバナス

彼は常に動き続けていました。

ハンドスピード ケルミン・グアルディア

サウスポーでとても速かったです。

フットワーク ウィル・グリスビー

彼に勝ってライトフライ級王者になりましたが、彼は打ち合おうとはしませんでした。ずっと逃げていた。

スマート

特に誰もいない。感銘を受けた相手は誰もいないよ。

屈強 ロセンド・アルバレス

彼のパンチを食い立ち向かっていった。彼はとても強かった。

ベストチン ロセンド・アルバレス

強くて頑丈でとても困難な相手だった。

ベストパンチャー サマン・ソーチャトロン

とても重いパンチだった。打たれて傷ついたよ。私は2回で倒したが、彼はウンベルト・ゴンザレスを倒し引退させた。

ベストスキル プリティボーイ・ルーカス

スキルフルでいいテクニックを持っていたよ。

総合 アルバレス/呉光洙/トト・ポンサワン

私は11人の世界王者と戦いました。全ての相手をリスペクトしています。だから選ぶのが難しいけどこの3人の誰かでしょう。

TV解説では毒舌も吐くというロペスですが、この淡白さが不評な方もいるのかな。
言葉が少ない、短い・・・

ボクシングとはこんなにも美しいものなのかを教えてくれた心の師匠なので軽率な事は何も書けません。
もし誰と戦えばとか、ミニマムじゃんなんて事も言いません。

ここでは我らが日本の大橋秀行がなぜにロペスを引き受けたのか、そのあたりのお話を少し・・・

メキシコでは、ロペスは大橋に勝てないと思われおり、ロペスが日本に向かう空港では報道関係者が来なかった。

ロペス
「一番嬉しかったのは大橋に勝ったことだ。試合前に大橋と握手したとき、握力が強くて足が震えた。隠すのに必死だった。恐怖のあまり泣いてしまった。リング上でメキシコ国歌を聞きながら、恐怖で涙が流れて来た。」

大橋
「リカルド・ロペスという伝説のボクサーが、同じ時代に生きていて、その彼と戦えたというのは、僕の誇りです。そんな選手と戦えるのであれば、やらない手は無いじゃないですか。ロペスのサイドへの動きは、それまでに経験したことの無いものでした。
僕が世界王者になれたのは運も大きいです。自分よりも前にリカルド・ロペスがチャンピオンになっていたら、なれなかったでしょうから。伝説の男と戦うって価値のあることじゃないですか。引退後にWBC等の総会なんかに行くと、あのロペスと拳を交えた男かって、周囲の人が大きな反応をしてくれます。」

1つの引き分けはあるものの、アマ・プロ通じ、敗戦を知る事なくリングを去った。

リカルド"Finito"ロペス ~真の伝説を思い出す~ | Go↑kunの海外ボクシング記♪
リカルド"Finito"ロペス ~真の伝説を思い出す~ | Go↑kunの海外ボクシング記♪

これもUPし忘れておりました…。ホルヘ・アラーコンさんの記事。【以下適当訳】ボクシングはメキシコの国技であり、最も成功したスポーツだ。100人以上の世界王者を…

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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