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チワワでもライオン/(El León=ライオン)ダニエル・ポンセ・デ・レオン

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軽量級に名選手の多いメキシコは最終的には日本人と絡む者もいれば最後まで絡まぬ者もいる。ダニエル・ポンセ・デ・レオンは後者、一度も日本人と戦ったことはなかったと記憶しているが、その存在は常に不気味だった。当時は異様に戦績がよくてKO率が高かった。見た目も倒しっぷりも怖かった。

しかし蓋を開けるとぎこちなく、遅く、戦慄のKO勝利もあればコロッと倒されることも多く不思議な存在感だった。今となっては彼は案外ハンサムだし愛嬌もあり、いい奴だったんじゃないかな。

ダニエル・ポンセ・デ・レオンは2000年代から2010年代前半にかけて、頑丈で重厚なスーパーバンタム級とフェザー級の2階級を制した王者だった。

1980年7月27日にメキシコチワワ州のシウダー・クアウテモックで生まれた。シエラ・マドレの西部山脈地帯で極度の貧困と過酷な環境で5人兄弟の生活は困窮を極めた。

デ・レオン
「電気がなく自然と共に生きていました。リソースは限られ、とても貧乏でしたが楽しい子供時代を過ごし幸せでした。おもちゃの兵隊や軍隊のゲームで遊ぶのが好きでした。格闘ゲームも大好きだったのでそのころから格闘家の血が流れていたのかもしれません。」

デ・レオンはタラフマラ族という少数民族で12歳の時にボクシングに出会った。

1990年代後半にはアマチュアで頭角を現し、国内タイトルを6度獲得、1999年にヒューストンで行われた世界選手権でメキシコを代表、同年のパンアメリカンで銅メダルを獲得した。翌年シドニー・オリンピックに出場したが、初戦で未来のバンタム級世界王者になるウラジミール・シドレンコに敗北した。

アマチュアで109勝27敗という記録を残し、2001年、アメリカ、ロサンゼルスでプロになった。

その頃、今は亡き元世界王者エドウィン・バレロとジムメイトになり、友情を築き、何杯ものテキーラを飲みかわした。

デ・レオン
「約1年半一緒でした。とてもいい友人でした。ジョー・ヘルナンデスも加えて、いつもジムで練習し一緒に走りました。」

若く有望なデ・レオンは荒く狂暴なパンチャーとして評判を確立し、ベテランのカルロス・コントレラスに判定勝利するまでデビューから21連続ノックアウトを記録した。

2005年、IBFスーパーバンタム級のエリミネーターで過去最大の試練に直面した。パナマの長身パンチャー、セレスティーノ・カバジェロは難解な敵だった。身長とリーチの利点を生かし、デ・レオンの強打を遮断した。デ・レオンはキャリアで初めての敗北(ユナニマス判定)を喫した。

2005年10月29日、タイのソッド・ゴーキャットジムと空位のWBO世界スーパーバンタム級王座決定戦で対戦し、12回3-0(118-109、2者が115-112)の判定勝ちを収め、王座獲得に成功。

2006年7月15日、王座決定戦で対戦しているソッド・ゴーキャットジムとMGMグランド・ガーデン・アリーナで再戦。開始早々の打ち合いからペースを上げて、強引にボディーの打ち分けから上部にパンチを当て、カウンターの左ストレートでソッドは前のめりにうつ伏せで大の字に失神。レフェリーがカウントを途中でストップ。

当時スーパーバンタム級世界戦2番目に早い(現在は3番目)KO決着となる初回52秒KO勝ちを収め2度目の防衛に成功した。ソッドはドクターの介抱を受けながら酸素マスクで応急措置を取った後病院に直行することになった。

デ・レオン
「あのKO勝利が印象に残っています。その年のノックアウトオブジイヤーに輝きました。世界一になれた事を誇りにおもいます。引退した今でも皆が私を覚えていてくれるのがとても幸せです。」

その後、フィリピンの元王者ジェリー・ペニャロサや当時評価の高かったレイ・バウティスタを初回KOで破るなど7度の防衛に成功した。

スーパーバンタム級の実力派王者としての立場を確立したデ・レオンの統治はケリー・パブリクの前座で、ファン・マヌエル・ロペスに初回ノックアウトでセンセーショナルにストップされ、突然終了した。

その後、デ・レオンはフェザー級に階級を上げ、3年間で7連勝するも、世界戦のチャンスは訪れることなく、2011年3月にスーパーフェザー級で時の超新星、エイドリアン・ブローナーと戦った。判定負けを喫するも、勢いのあるブローナーを終始追い詰め、専門家の間ではポンセ・デ・レオンが勝ったと言う声が多かった。

2011年9月10日、アトランティックシティの ボードウォーク・ホール・ダンスホールでユリオルキス・ガンボアと対戦し、8回に偶然のバッティングによる負傷でポンセ・デ・レオンの試合続行が不可能になった為、0-3(2者が72-80、73-79)の負傷判定で敗北。

2012年9月15日、MGMグランド・ガーデン・アリーナでWBC世界フェザー級王者ジョニー・ゴンサレスと対戦し、8回2分36秒3-0(2者が79-72、77-74)の負傷判定勝ちを収め、4年ぶりに世界王座に返り咲くと共に2階級制覇を達成。

2013年5月4日、MGMグランド・ガーデン・アリーナで前WBC世界スーパーバンタム級王者のアブネル・マレスと対戦し、9回2分20秒TKO負けで王座から陥落した。デ・レオンはこの試合の調整でミスを冒し、自分のパフォーマンスに失望したと後に語った。

かつて敗れたファン・マヌエル・ロペスとの再戦、ミゲル・ローマンに続けて敗れ現役を引退した。

13年間のプロキャリアで8人の世界王者と戦ったデ・レオンには戦ってみたかった2人の男がいた。

デ・レオン
「スーパーバンタム級時代に、(マグニフィコ)イスラエル・バスケスと(チョロロ)オスカー・ラリオスと戦いたかった。チョロロはWBCでマグニフィコはIBFでした。統一をかけて彼らと戦いたいとずっとおもっていました。」

現在39歳になるデ・レオンは妻のメイラと4人の子供と暮らしている。カリフォルニア州ウエストコビナに住み、何人かの若いボクサーのトレーニングをしている。

通算戦績
45勝35KO7敗

獲得タイトル

WBC世界バンタム級ユース王座
NABO北米スーパーバンタム級王座
WBO世界スーパーバンタム級王座
IBA世界スーパーバンタム級王座
NABF北米フェザー級王座
WBCラテンアメリカフェザー級王座
WBC全米フェザー級王座
WBC世界フェザー級王座

ライバルについて

ベストジャブ セレスティーの・カバジェロ

距離の管理が巧みでした。彼は背が高くリーチも長く、常にジャブを使いながら動いて距離をキープしていたので追いかけるのが大変でした。

ベストディフェンス カバジェロ

ディフェンスが上手い相手は何人かいました。ガンボアのディフェンスは素晴らしかった。脚と腰を動かしてもパンチを止めることがない。身長とフットワークで厄介だったのがカバジェロです。それを強みにしながら強いカウンターを打ってきます。私がインに入ろうとすると離れていき、追いつけませんでした。

ハンドスピード ユリオルキス・ガンボア

彼のパンチのスピードは速く予測不可能で、打とうとするともう届かないところに移動していました。

フットワーク ガンボア

私は52試合したけど一番足が速かったのはガンボアです。すごくたくさん速く動いた。

屈強 ファン・マヌエル・ロペス

彼は私を最も痛めつけた。ブロックしても突破されノックアウトで負けました。拳にすごいパワーを感じました。

スマート エイドリアン・ブローナー

知的に戦ったのはブローナーでした。私のパンチを誤魔化す事ができる男でした。私が前に出ると下がり、決して打ち合おうとしませんでした。私の土俵でファイトすることを拒んで戦った。試合には勝ったとおもったけど、ブローナーは打ち合いを避け勝利を手にしたので賢かったということでしょう。

ベストチン エドゥアルド・ラスカーノ

私のパワーパンチを全てぶつけても彼は倒れませんでした。頑丈なアゴでした。

ベスト・パンチャー ファン・マヌエル・ロペス

パンチが強烈でした。私に最も強いパンチを当てた男です。

ベストスキル ガンボア

スピードがあり、横に動いたり自在なので予測不可能なファイターでした。私を強く打ったり、ダメージを与えることはなかったですが彼に勝つのは難しいです。

総合 カバジェロ

私は6人の男に敗れ7敗しています。2度負けたファンマはとてもパンチが強かった。最も困難だったのがカバジェロです。とても背が高くて速かった。キャリアの中で最も過酷な試合でした。彼はあの夜最高のファイターでした。

現役初期は怖い系のファイターだった。エドウィン・バレロとお友達っていうのも怖さに拍車をかける数奇な巡り合わせだ。しかしそのボクシングスタイルはギクシャクして遅くみえ、強さがわかりにくい系だった。これでアマチュアエリートというのも面白いものだ。

やっぱり独特の技巧と恐ろしいパワーを秘めていたのだろう。強豪をあっさり倒したり、意外な脆さをみせて倒されたり、掴みどころのない王者だった。ジョニゴンにも普通に勝ってるし。当時破竹の勢いのエイドリアン・ブローナーがビビりの姿をみせたのも、デ・レオン戦がはじめてだったような気がする。2階級も下のスピードのない元王者をかなり恐れた戦いぶりだった。

ダニエル・ポンセ・デ・レオン、名前も風貌も他のメキシカンと違い独特のオーラがあったが、メキシコでも少数民族の系統だったからそう感じたのかもしれない。同姓同名の野球選手がいるので珍しい名前ではないのかもしれない。

時代を彩った強烈な個性。
日本人が戦ったらやっぱり倒されていたのだろうか?

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プクー

原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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