階級別 スーパーフライ レジェンド

銀河鉄道のナイトクラブ/カオサイ・ギャラクシー

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残念なのはなじみあるボクサーの記事をみてもあまり日本人について書かれていません。印象に残る強敵ではなかったからか、プライドか、SuperFlyなどが盛り上がり、カオサイのワールドワイド版と期待していたシーサケットはサウスポーを捨てて自爆しました。

今でもこの怪物と現代のスーパーフライ級が戦う姿をあまり想像できない。
速くはないが恐ろしいパンチャーでした。スーパーフライ歴代最強パンチャーだろう。

カオサイ・ギャラクシーはタイの英雄だ。ジュニアバンタム級約40年の歴史で最も偉大なファイターと認められている。

ギャラクシーは1959年5月15日にタイ北部のペッチャブーンで生まれた。本名はスラ・セーンカム(Sura Saenkham)という。非常に貧しく、ギャラクシーはわずか5歳で50バーツ(1ドル)のためムエタイをした。

軍隊に入ることを望んだが小さすぎると言われ、ボクシングに転向する前に100戦以上のムエタイを行い、格闘技を続ける以外なかった。

1980年にプロボクサーになったが他の多くのタイ人ボクサー同様にリングネームをつけられた。彼のリングネームは、マネージャーが経営していたナイトクラブの名前が由来だ。

7戦目で国内バンタム級王者サック・ギャラクシー(無関係)に敗れるもこれが生涯唯一の敗北となった。この頃のファイトスタイルはかなり雑だったが、パワーと執拗なプレスには目を引くものがあった。

ヘビーパンチャーのサウスポーはその後18連続KOでWBAジュニアバンタム級の挑戦権を獲得、しかし当時の王者渡辺二郎は対戦に消極的でタイトルを剥奪された。

この王座をドミニカ共和国のエウセビオ・エスピナルと争って6回KOで勝利。1984年11月からギャラクシーの長きに渡る統治ははじまった。

防衛戦を全てノックアウトで圧倒するギャラクシーに相手がいなくなり、11か月のブランクを作ると、後のWBC WBOバンタム級王者となるイスラエル・コントラレスを5回KOでストップした。これが、アジア以外で唯一戦った試合だった。(カリブ海のキュラソー島)

1987年にはインドネシアでIBF王者のエリー・ピカルをストップしたが、IBFはこの統一戦を認めなかった。

1988年、双子のカオコーも世界王者になり、世界初の双子の世界王者になった。恐ろしいパワーで相手を次々になぎ倒すギャラクシーは「タイのタイソン」と呼ばれた。

1989年、タイで2度、日本で2度、計4度の防衛に成功したギャラクシーは大きな自動車事故にあうが大事には至らなかった。その後も全てノックアウトで防衛を重ね、1991年、メキシコのアルマンド・カストロとの険しい防衛戦に判定勝利し長い統治の幕を下ろした。

当時32歳、最後と決めた試合では明らかな緊張もあった。

ギャラクシー
「年をとって10キロの減量が厳しくなりました。ハードな現役生活を終え、歌ったり演技する世界に入りました。」

7年1カ月の在位で19回の防衛、47勝41KO1敗という驚異の記録を残した。リングマガジンが選ぶ史上最強のパンチャー100人の中で19位にランクされている。

ギャラクシー
「もっとも誇りにおもう試合はキュラソー島でのイスラエル・コントラレス戦と最後の試合です。」

1999年、殿堂入りを果たした。

2013年に3度目の結婚をし子供と一緒にバンコクに住んでいる。ジムも経営している。不動産開発に手を出して失敗したりしたが、現在の経済状況は悪くないようだ。地元のTVや映画にも出演している。

ライバルについて

ベストジャブ アルマンド・カストロ

すごいジャブを顔面に食ったのを覚えている。

ベストディフェンス エウセビオ・エスピナル

ブロッキングが上手かった。私もブロックが上手かった。

ベストチン アルマンド・カストロ

彼は強かったよ。ハードパンチをたくさん当てたけど向かってきた。

ハンドスピード イスラエル・コントラレス

速いだけじゃなく正確だった。

フットワーク コントラニー・パヤカルーン

いいランナーだったな。

スマート コントラニー・パヤカルーン

私に殴られるのを避けるため走り回った。

屈強 アルマンド・カストロ

一番強かった。忘れないよ。

ベストパンチャー アルマンド・カストロ

彼のパンチで死にかけたからね。

ベストスキル アルマンド・カストロ

彼のことばかり思いだすからね。

総合 アルマンド・カストロ

この試合を最後に引退したからね。大変な相手だった。

といってもカオサイと日本人の絡みは、松村と中島しかなかったので、渡辺二郎も鬼塚も平成3羽カラスの誰も絡んでいないのだから仕方がない。

松村も中島も健闘したがパワーに屈した。

当時はその恐るべき体幹とパワーで怖い系の王者だったので、スキルやスピードなど冷静に分析できなかったが、これほどアルマンド・カストロばかり評価してるなら、それに快勝した鬼塚あたりはなんとかやれたはずだ。しかしカオサイが戦ったカストロはもっと全盛期だったしタフだった。

やはり日本勢が怖がって対戦を避けてきたと言わざるを得ない。
対戦者の中には強者も混じっている。イスラエル・コントラレスなどは後にウィルフレド・バスケスを初回KOしている。
カリブ海のキュラソー島、よく行ったもんだ。

あんな無表情で強面で歌や演技をしている姿が想像できない。
田舎のおじさんが抜けない。

国民の英雄から芸能界で不動産開発に失敗・・・
殿堂入りの授賞式の飛行機代にも困っていたような話もあった。
たしか日本人とも結婚して離婚して3度目・・・

ナイトクラブの名前そのままというのも素朴だ。

でも、恐ろしいほど強かった。
複数階級制覇よりこういう長期王者もいいものだ。

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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