階級別 スーパーフェザー ライト レジェンド

5月7日/(褐色のアルゲリョ)ディエゴ・コラレス

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ディエゴ・コラレスは長身で細身の身体から繰り出す強烈なパンチと、常にKOを狙う攻撃的なファイト・スタイルでとても人気があった。信じられないほど勇敢で接近戦での打ち合いを好んだ。

2007年5月7日、わずか29歳でこの世を去ったあのバイク事故がなければ、ディエゴ・コラレスは40歳の誕生日を迎えていたはずだ。(2年前の記事)

1977年8月25日、コラレスはサクラメントで生まれた。ケンカばかりしていたコラレスは義父のレイ・ウッズからボクシングを勧められた。

コラレス
「私は乱暴者でケンカばかりしていました。ボクシングに出会ってやっと怪我をしたりトラブルに会わずに毎日殴り合いができるようになりました。」

115勝7敗というアマチュア記録を残し1996年にプロに転向。エベレット・ベリーを3回ノックアウトしてコラレスのセンセーショナルなキャリアは始まった。28連勝25KOという記録のまま1999年、当時32戦無敗のロベルト・ガルシアに挑み、7回TKOでIBFスーパーフェザー級王座を獲得。

ファンはエキサイティングで常にノックアウトを狙うコラレスのファイトに魅了された。ジョン・ブラウン、デリック・ゲイナー、ジャスティン・ジューコ、エンジェル・マンフレディらを下し防衛を重ねた。

それでもコラレスの最高のキャリアはまだまだこれからだった。

2001年、33戦全勝という完璧なレコードで、世界最高峰と言われる絶対的なP4P、フロイド・メイウェザーjr戦にサインした。減量苦のコラレスはIBFのベルトを返上しライト級に上げる予定だったが、プリティーボーイを最後のスーパーフェザー級の相手に定めた。

しかしこの決断は大きな間違いだった。過酷な減量と家庭問題で多くのトラブルを抱えていたコラレスのコンディションは酷かった。自身が知らぬ間にIBFのベルトは返上させられ、他の選手にチャンスが与えられていた。ファイトマネーや家庭内暴力をめぐる裁判も控えていた。

グレープフルーツだけで何日も過ごし、ゴムのスーツでジョギングし、サウナで身体を絞り落しても132ポンド。最後の2ポンドがどうしても落ちなかった。再計量をなんとかクリアしたコラレスの身体は、飢えと水分補給で膨れ上がり、試合時には146ポンドになっていた。

試合はコラレスにとり災難となった。

コラレス
「4回くらいまでは大丈夫だったが、全てが悪い方向に向かっていた。足が痙攣しはじめた。」

コラレスは素速いメイウェザーに外科のように解体された。7回に3度のダウン。コラレスは前に出続けたが、その都度メイウェザーはコラレスにヒットを続け、10回、5度目のダウンでコラレス陣営が棄権。

コラレス
「棄権するくらいならリングで死んだ方がましだ。ストップに納得がいかずその後2週間は誰とも口を聞かなかった。コーナーの判断は間違っていると感じました。しかし結局取返しはつかない、過ぎてしまったことです。」

メイウェザーに敗北後、コラレスのプライベートは悪化した。試合の数か月後、コラレスは妊娠中の妻への暴行罪で逮捕、14ヶ月収監された。この私生活のトラブルで2年近くのブランクを作った(妻とは離婚)。

刑務所の中で自分と向き合ったコラレスはトラブルを回避し一人シャドーボクシングやジョギングをして過ごした。

コラレス
「けれど私はかなり太って出てきました。出所した時は180パウンドになっていました。」

2003年、チームを変えたコラレスは25歳になり復活、一日3度の規律あるトレーニングで新陳代謝を取り戻し体重を減らすことに成功した。ノンタイトル戦を4試合挟み、10月4日にIBF王座の指名挑戦権をかけてホエール・カサマヨールと対戦。ダウンの応酬の末、コラレスの負傷(口の中を2箇所切った)による6回TKO負けを喫しIBF王座への挑戦権獲得に失敗。(口の中の流血による窒息の危険をドクターとレフリーは考慮した。)

しかし、翌2004年3月6日のカサマヨールとの再戦では2-1僅差判定でコラレスが勝利し、空位のWBO世界スーパーフェザー級王座とIBA世界スーパーフェザー級王座を獲得。

カサマヨールとのリターンマッチに勝利した後ライト級に転向。
2004年8月7日には35戦全勝の王者、アセリノ・フレイタスに挑戦し、合計3度のダウンを奪い10回TKOで勝利。WBO世界ライト級王座を獲得し、2階級制覇に成功した。

次戦は歴史に残る偉大な戦いとなった。

多くの専門家が今日まで、この試合をボクシングの歴史上トップ3か4に挙げているほどだ。それは決して間違いではない。

2005年5月7日、WBC王者のホセ・ルイス・カスティージョと王座統一戦を行い、10ラウンドに2度ダウンを奪われながらも立ち上がり、逆にカスティージョをKOするという大逆転勝利で王座統一に成功。

しかし、この試合はコラレスがダウンした際に故意に2度もマウスピースを吐き出して時間稼ぎをしたこととレフェリーの試合を止めるタイミングが論議を呼び、同年10月8日にリターンマッチが組まれた。

ところが、試合前日の計量でカスティージョが体重超過したためにノンタイトル戦になってしまった(WBO王座は再戦の前に返上した)。この試合では、コラレスが体重オーバーのカスティージョの強烈な左フックで4回KOで敗れた。

2006年6月3日にラバーマッチが組まれたが、またしてもカスティージョが前回に続き減量に失敗し計量をパス出来なかった。激怒したコラレス陣営が対戦を拒否し、試合は中止となった。

コラレス陣営はカスティージョに対し、試合中止で受け取れなかったファイトマネーの損害賠償訴訟を起こした。WBC世界ライト級王座の防衛戦として2006年10月7日に予定されたホエール・カサマヨールとの試合では、今度はコラレスが計量オーバーし、試合前にWBC王座は剥奪された。

この剥奪と同時に暫定王者デビッド・ディアスが正規王者へ昇格となったため、試合に12回判定(3-0)で勝ったカサマヨールはWBC世界ライト級の暫定王者に認定された。

歴史に残るホセ・ルイス・カスティージョとの激闘が、ディエゴが亡くなったまさに5月7日であることは皮肉だ。

敗北を拒んだコラレスの執念が信じられないほどの夜、その後もコラレスに有意義な時間はあったが、あの日と同じくらい燃えさかる炎は二度と訪れなかった。

その後、さらにウェルター級に階級を上げたコラレスはジョシュア・クロッティと対戦。2度のダウンを奪われた末に10回大差判定(0-3)で敗れた。ほぼ一方的な敗戦だった。これで3連敗となり、引退も囁かれたコラレスだが、試合後すぐに再起を宣言。

しかし、これがコラレスの最後の試合となった。

2007年5月7日夜、ラスベガスでオートバイを運転中に前の自動車を追い越そうとした際に接触し衝突事故を起こし死去。コラレスの体内からはアルコールが検出され、血中のアルコール濃度はネバダ州の法定制限である0.08パーセントの3倍以上にあたる0.25パーセントあった。

ディエゴ・コラレスはアルツロ・ガッティのように、ボクシングの歴史において特別な存在だった。非業の死を遂げた彼ら二人はどちらも史上最も勇敢なファイターとみなされている。

ホセ・ルイス・カスティージョとの激闘ほど明確にコラレスというファイターを現したものはない。

ディエゴ「チコ」コラレス
40歳の誕生日、ハッピーバースデー、チャンピオン!

獲得タイトル
IBA世界スーパーフェザー級王座
WBO世界スーパーフェザー級王座
IBF世界スーパーフェザー級王座
WBO世界ライト級王座
WBC世界ライト級王座

生涯戦績 40勝33KO5敗。29歳没。

何度も書いてきたが、当時のスーパーフェザー級の王者は

WBCがフロイド・メイウェザーjr
WBOがアセリノ・フレイタス
IBFがディエゴ・コラレス
WBAが畑山隆則

だった。ボクシングマニアにとり、いい時代ではあったが、あまりにも本場の世界は遠かった。対戦を夢みることすらできなかった。

色々なレジェンドの人生を俯瞰すると、若く血気盛んで成功したディエゴ・コラレス、信じられないほどの闘志で殴り合い、命を削るようなファイトをみせるアルツロ・ガッティ、狂気の魂が宿ったようなエドウィン・バレロ・・・

彼らのような人間の未来は危うい。危険信号が灯っている。
リング外の人生までもが限界を超えて暴走していく。
彼らに平穏なセカンドキャリアなどありえないようにみえる。

ベテランファンやアナリスト、周囲の関係者、リングドクターにはそれがわかるはずだ。なんとか暴走を、悲劇や非業の死を食い止め、リングの中だけでそのエネルギーを費やすよう導いて欲しいと願う。

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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