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失われた2秒の影/(TNT=爆弾)メルドリック・テーラー Vol.1

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メルドリック・テーラー、残酷すぎる人生のハイライトを境にその輝きは重く冷たい闇に覆われた。「スーパーソニック」と言われた超速の天才の軌跡

(スモーキン)ジョー・フレイジャーをはじめ、マシュー・サード・ムハンマド、トミー・ローラン、ソニー・リストン、ベニー・ブリスコ、ジェフ・チャンドラーら偉大なファイターを生み出してきたペンシルバニア州フィラデルフィア、この地で生まれた(TNT)メルドリック・テーラーは子供の頃からボクシングの虜になった。

試合よりも厳しいといわれるジムでの競争によって形成されたフィラデルフィアのキッズは、何でもできるテクニックを身につけた。「スーパーソニック」超音速のスピードと運動神経を誇るテーラーは一躍フィラデルフィアを代表するファイターに駆け上がっていった。

最高のセンスとスピードに恵まれたテーラーだが、彼の気質は男らしい殴り合い、派手な喧嘩を志向する者のそれだった。
この考え方こそがテーラーを作り上げたそのものだが、結局はそれが彼を破壊することになった。

90勝4敗というアマチュア記録を打ち立て、1984年のロサンゼルスオリンピックで金メダルに輝いた時、テーラーはまだ17歳だった。

ライト級でプロに転向。デビュー戦はオリンピックのチームメイト5人のデビューをフューチャーした壮大なカードだった。ルーク・レッチェを初回KOで片づけたテーラーは戦績を11勝7KOまで伸ばし、タフなベテラン、ハロルド・ブレイジャーとのテストマッチを迎えた。

ブレイジャーは一度もダウンした事がなく20連勝中だったがテーラーの快速エンジンはうなりをあげて疾走、全会一致の判定勝利。次戦で1976年のオリンピックライト級金メダルのハワード・デービスと対戦、ペース配分を誤り、若さを露呈、キャリアで初めての引き分けを経験した。

その後も勝利を重ね、1988年、当時38勝1敗のIBF王者、バディ・マクガートに挑戦。テーラーにとってこれまで対戦したどんな相手よりも手強い熟練のファイターであり、克服するのは難しいと考えられていたが、驚いたことにテーラーはマクガートに対しほぼ完ぺきなパフォーマンスを披露した。激しく超高速のコンビネーションで終始圧倒し最終ラウンドでマクガートをギブアップに追い込んだ。

テイラーは22歳にして成熟した本格的な世界王者となった。

2度の防衛を重ねたテーラーにキャリア最大の戦いが訪れた。68勝無敗、WBCライトウェルター級王者、レジェンドのフリオ・セサール・チャベスとの統一戦。この大一番にテーラーは自分が何ができるか確信していた。マイク・タイソンがジェームズ・ダグラスに負けたことで、この試合の勝者がP4Pナンバーワンになる。当時ヘビー級以外で考えうる最も巨大なファイト、どちらの王者も恐れることなく決戦を快諾した。

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ラスベガス・ヒルトンの屋外アリーナは9300人のファンで満席、チケットの75%はチャベスを支持するメキシコ人とメキシコ系アメリカ人で占められた。これらの熱いファンによりオッズは8-5から11-5でチャベス有利となっていた。

「チャンピオン同士が出会うと、息もできないほどの壮大なドラマが生まれる」

HBOのジム・ランプリーは宣言した。

Vol.2に続く

最近、立ち退き拒否の立てこもり、警官に銃を向けて逮捕されたというニュースで久々に名前を聞いたメルドリック・テーラー、とても悲しい気分になったが、より成功者となってリングを去った同期のパーネル・ウィテカーの事故死が起き、とりあえずどんな状況でも生きてさえいてくれてよかったという気になった。

彼ら、1984年のロサンゼルスオリンピックアメリカ代表は、バンタム級を除く全ての階級でアメリカがメダルを独占し、史上最高のチームと言われたが、彼らのその後の足跡、運命は実に多様なストーリーを生んだ。

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プクー

プクー

原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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