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Acquired taste ( だんだん好きになる味 )/(The Hitter)ジュニア・ウィッター

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ジュニアはAcquired taste ( だんだん好きになる味 ) なんだ。誰もジュニアと戦いたがらない。相手がいない。

パンチを見切る目のよさや、的確にパンチをヒットさせる勘のよさは抜群であり「 The Hitter (狙撃手) 」の異名を持つが、ガードを下げたまま上体を揺らしてパンチをよける防御技術や、セオリーを無視したボクシングスタイルから「ナジーム・ハメド2世」とも呼ばれることがある(ウィッターのトレーナーはハメドを育てたドミニク・イングルである)。

ジュニア・ウィッターは気の毒なファイターだ。キャリアのほぼ全てで、より良い場所にいるライバル、お金、ベルト、注目を奪われてきた。賞賛なき孤高の才能だった。1974年にブラッドフォードで生まれたウィッターは当時誰よりも年上だったが、ボクシングは誰よりも若かった。

長年、リッキー・ハットンは、ウィッターのスピード、滑らかさ、知名度のなさを警戒し対戦を拒否、引退が近く下降し始めたマニー・パッキャオと戦った。ウィッターはもしハットンと戦うことができたなら、パッキャオと同じことをしただろうと確信している。

ジュニア・ウィッターは1997年1月18日に22歳でプロデビュー。デビュー戦は引き分けだったが、ナジーム・ハメドを彷彿とさせるスタイルで注目を浴びた。

ドミニク・イングル
”ジュニアこそイングルジムのシンボルです。彼はどんな角度からもどんな足でもパンチを打つことができる。スイッチヒッターの最高バージョンです。左右どちらでも勝てます。” Click To Tweet

しかし驚くことにウィッターは早熟の天才ではなく18歳の時にこのボクシングに出会ったという。ライアン・ローズ(イングルジムの有名な選手)にインスパイアされ、イングルスタイルに取り組み習得した。

1999年2月13日にはWBF世界スーパーライト級王座を獲得し、無敗のまま、2000年6月24日にザブ・ジュダーの持つIBF世界スーパーライト級王座に挑戦するが12回判定で敗れ、最初の世界王座挑戦は失敗。

ウィッター
「突然のチャンスで準備に9日間しかなかった。減量に苦労したが、実際の試合はそんなに難しいものではなかった。ジュダーに対しては経験が少し足りなかった。自分の力を信じることが出来ていなかった。」

もしこの試合でウィッターが勝っていたら、ハットンより前に英国のスターになっていたかもしれない。

その後、地域マイナータイトル戦を数多くこなして実力アップを図ることになり、2002年7月8日には空位のコモンウェルス全英スーパーライト級王座を獲得。

2003年4月5日にはEBUEUスーパーライト級王座を獲得。さらに2004年6月2日にはEBU欧州スーパーライト級王座も獲得。その後、2005年2月19日にラブモア・ヌドゥとWBC世界スーパーライト級王座挑戦者決定戦で対戦し、12回判定勝ち。そして2006年9月15日に元世界王者でもあるデマーカス・コーリー(アメリカ)と王座決定戦で対戦し、12回判定勝ちでWBC世界スーパーライト級王座を獲得。

ジュダーに敗れてから6年越しで夢を実現させた。

その後2度の防衛に成功するも、栄光はジェットコースターのように頂点を過ぎ、反対側に下降線を描いた。

2008年5月10日、イギリスのノッティンガムでティモシー・ブラッドリー(アメリカ)を迎えての3度目の防衛戦。6回にダウンを奪われるなどして、1-2(113-115、113-114、115-112)で判定負けし王座から陥落。

ウィッター
「ブラッドリーに対し十分やれたとおもったけど自分の心がリングになかった。父が癌と診断され治療をはじめたばかりだった。父のことで試合前忙しくしていた。クロスファイトだった。6回のダウンが響いた。いつもならあんなパンチは食わないのに。」

ブラッドリーはウィッターとの再戦を拒否しベルトを放棄したが、ネート・キャンベルがそのベルトを引き継いだ。キャンベルよりもウィッターにそのベルト、チャンスが相応しいといえなかっただろうか。

35歳になったウィッターに最後のチャンスが巡ってきた。
2009年8月1日、WBC世界スーパーライト級王座決定戦でデボン・アレクサンダー(アメリカ)と対戦し、8回終了後の棄権によるTKO負けで王座返り咲きならず。

ウィッターのキャリアは、リッキー・ハットンやアミール・カーンとは正反対の鏡だった。敗北は未来のチャンスを失うことでしかなかった。敗北したカーンとウィッターは丁度いい対戦相手といえたがそのような試合も決して起きることはなかった。

イングル
「ジュニアはAcquired taste ( だんだん好きになる味 ) なんだ。誰もジュニアと戦いたがらない。相手がいない。」

42歳になったウィッターは(現在45歳)かつて、国内スターのリッキー・ハットンと戦いたかったが、ハットンはとっくに引退し、今では誰でもいいから戦いたいという。しかし同時に高齢で試合が現実的でない今となっては、自身だけでなくアマチュアのトレーナーもしている。

ウィッター
「それが私の次の人生でしょう。フルタイムのトレーナーになるでしょう。戦いのチャンスはほとんどありません。もう荷造りの時間だと言われました。しかし私はパンチを受けてないし怪我もしていません。2013年にドイツで戦ったTimo Schwarzkopfとは親子ほどの年齢差がありましたが、彼は私に触れることすらできませんでした。私にはまだ競争力があるのです。怪我をしていたりダメージが蓄積していれば荷造りの時だと諦めますが私はそうではありません。」

ウィッターの準備は整ったまま、時間だけが過ぎていく。スタイリッシュで奇想天外なスイッチヒッターはプロとしてのキャリアから線を引く準備がまだできていない。

コモンウェルス全英スーパーライト級王座
EBUEUスーパーライト級王座
EBU欧州スーパーライト級王座
WBC世界スーパーライト級王座

はじめてジュニア・ウィッターを観た時は大変難解で強い王者になるだろうと驚愕を覚えたが、同時期にザブ・ジュダーやティモシー・ブラッドリーがいて世界王者としては極めて短命で青春を過ぎ去っていった。もったいない天才だった。

いかにも、キッズの頃から天才肌で相当なキャリアがあるようにみえたが、トップに出てきた頃は結構年齢が高く、それでいてジュダーやブラッドリーなどの年下の若いファイターの方がアマチュア含めて本格的な経験が豊富だったという不運が重なった。

同国のリッキー・ハットンをはじめとするビッグネームには避けられ、相手にされなかった。

これは今のケル・ブルックと同じだ。ずっと逃げ回って今頃になって対戦が現実的になってきたアミール・カーンだが既にカーンにその価値がない。ブルック自身かなりの実力者だが、ゴロフキンへの挑戦と、本格派のエロール・スペンス、この2つの敗北でキャリアを終えそうな年齢に突入してしまった。

リッキー・ハットン
アミール・カーン

ジュニア・ウィッター
ケル・ブルック

英国には光と影、太陽と雲というべきライバルがいても、決して交わることなく才能は無駄に消費されていく。歴史は繰り返されていく。

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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