階級別 スーパーウェルター プロスペクト

ノッキン・オン・デトロイト・ドア/トニー・ハリソン

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随分前の記事だけど、長くて難しいので諦めかけた。ええ話やと気になっていたので掘り起こしてみました。私もチャーロのファイトが好きですが、12月22日は”スーパーバッド”トニー・ハリソンを応援させていただきます。

トニー・ハリソンのスーパーバッドフィットネスボクシングジムは、デトロイトの西側、ピューリタン通りにあります。そこは、多くの若者が、友人や自由、あるいは命までをも犠牲にした、犯罪や暴力、ギャング、ドラッグなどの避難所になっています。

「ピューリタン通りは戦場だ。毎日争いが起きている。」ハリソンの叔父、グラハム・へスターは言う。へスターの家はジムの近所で、ハリソンを高校卒業まで家に住まわせた。

「ここは言わば、ミニイラクです。ドラッグが蔓延し、無法地帯で、暴力が横行している。ここに住んでいる者はサバイバルの生き残りです。」

ハリソンは、ここで、元プロボクサーの父であるアリ・サラームと共に、近所に住む4歳からなる子供たちの手本になるべく自制心を持ってトレーニングしている。ここでは、ミシガン大学の卒業生で医師志望のハリソンのガールフレンド、ジャスミン・ブラッドリーが、2歳の息子、トニーJrや3カ月の娘、ジャイアに読書をしたり、数学を教えたりもしています。

ハリソン
「成人以外でアマチュア、プロ問わず1日約100人の子供がここでトレーニングしています。街角に酒場がないエリアを構築しようとしているんだ。」

彼のニックネーム”スーパーバッド”は伝説のトレーナー、エマニュエル・スチュワードがつけたものだ。2012年10月25日に他界するまで、スチュワードはハリソンの最初の11試合でメインセコンドを務めていた。

ハリソン
「兄のロイドはフィジカルとコンディショニングトレーナーです。ジャスミンは賢くて優秀な学業成績があり、その恩恵は計り知れない。だから俺はこのジムを近所の拠点にしたいんだ。子供達には俺みたいにセカンドチャンスを与えたい。そうでなければ文字通り彼らにはやるべきことが何もないんだ。」

ハリソン(27勝21KO2敗)は12月22日にジャーメル・チャーロに対して2度目の世界挑戦をする。

ハリソンは最初の世界タイトルマッチでジャレット・ハードに9ラウンドTKO負けをして以来3連勝中だ。前戦では元王者のイシェ・スミス相手に3ラウンドダウンを奪いスプリット判定で勝利している。

ハリソン
「スミスに対して誰よりも圧倒できたとおもう。俺は健在で、パワーもスピードも進化している。いろんなアングルでパンチを打てる。この階級では最もリングIQがあり危険な男なんだ。
ジャーメルはすごいファイターだ。彼のボクシングに対する姿勢やスキルが好きだよ。ベストな彼と戦ってみたい。でも、対抗できるものは持っているよ。スキルとスキルの戦いだ。最初から最後まで緻密な戦いになるだろう。彼が有利なのはわかっているけど、スミス戦のパフォーマンスに基づいてこのチャンスをものにしてみせるよ。」

ハリソンは16歳の時、家族がデトロイトの家を追い出されると言う経験をしている。

ハリソン
「朝起きると外に警察がいて大きなゴミ箱があった。父はショットガンを手にしていた。母もライフルを持っていた。叔父も拳銃を構えていた。彼らはこの家で死ぬ覚悟だったんだ。」

結局大きな暴動は起きずに収束したが、ハリソンは10代で3回も親類の家に世話になる羽目になった。

ハリソン
「父は兄弟で家を出ていくように言った。数時間後家に戻るとゴミ箱は家のもので溢れていた。その中からトロフィーや服を何着かとった。生まれてから2日後に住み慣れたその家は俺の人生から取り除かれた。俺の知っているものは全て撤去されてしまったんだ。」

ハリソンは叔父のへスターと、へスターの2人の子供、計4人で暮らすことになった。へスターは子供たちを学校に行かせ、45分かけてミシガン東部で働き、夕方になるとハリソンをジムのトレーニングに連れて行った。

8人兄弟の下から2番目だったハリソンの祖父、ヘンリー・ハンクは1960年代にミドル級からライトヘビー級にかけて、トップ10コンテンダーだった。ハリソンの母は彼が学校を停学しないようにとボクシングに関心を持つように仕向けた。そこで、ハリソンはトーマス・ハーンズのトレーナーとして有名なクロンクジムのエマニュエル・スチュワードと出会った。

プロで7試合目を2回TKOで下すと、スチュワードはハリソンを”スーパーバッド”と呼んだ。それはかつてデトロイトで有望なミドル級だったバーナード・メイズのニックネームだった。メイズはアルコール中毒で33歳でこの世を去った。

ハリソン
「もしボクシングをしていなければ、俺は手っ取り早く金を手に入れるためにストリートにたむろしていただろう。手っ取り早くて汚れた金はそこに転がっているから。けれどボクシングと関わった。それは俺が家族を何度も奪われてきた時に出会ったものだ。ボクシングが俺の人生を救ったんだ。

俺は家族のためにボクシングをしている。今日の俺のようにリスクを背負ってこの街でポジティブに生きようとするみんなのために。母に約束したんだ。母に家をプレゼントしたい。父を世界的なトレーナーにしたい。俺を信じて、最初のドアを開けてくれたエマニュエルのため、彼の伝説のためにデトロイトから世界王者になりたいんだ。俺はデトロイトに感謝している。この街が俺をを育て、男にしてくれたんだ。」

当時無名のジャレット・ハードを好きになり、王座決定戦がトニー・ハリソンでした。ハリソンにはウィリー・ネルソンに敗れた過去がありましたが、強豪ばかりを相手にずっと勝ち抜いてきたサバイバルの手本のようなキャリアがありました。そして試合はハリソンペースでそのクールなファイトにどっちのファンなのかわからなくなりました。

最後はハードの馬力、強靭さに屈した形でしたが、結末までポイントはハリソンだったのではないかというほどの試合でした。

もちろん、スピード、切れ味、爆発力共に、今回もジャーメル・チャーロが圧倒的に有利だとはおもいますが、一度は世界王者になって欲しい選手なんだよなぁ、トニー・ハリソン。

チャーロにとってもリスキーな相手ではあるだろう。
少しでもミスを犯せば、勝敗はどとらに転ぶかわからない、そんな熱戦を期待します。

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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