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処刑者は家主様/(ザ・パニッシャー)ポール・ウィリアムス

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日本の石田順裕とも戦った、ポール・ウィリアムスはそれがまさかのラストファイトとなった。ドミトリー・ピログも石田が最後の相手となった。これは神のいたずらか・・・身長185センチ、リーチは208センチというサイズを誇るウィリアムスはウェルター級を作れたがミドル級の本格派にも勝ってしまう規格外のスケールだった。カネロ戦が内定していた矢先の事故だった。あれがなければ歴史は今とは少し違っていたかもしれない。

ポール・ウィリアムスは2012年5月27日の朝、ボクサー人生を断つ、人生を変えるオートバイ事故に巻き込まれた。9月にカネロ・アルバレスと戦う予定だったウィリアムスは、ウェルター級、スーパーウェルター級、ミドル級での輝かしい実績を含むキャリアを突然終えた。

ウィリアムスはラスベガスで毎年恒例のBWAA賞の夕食会で「逆境を乗り越えた勇気」というボクシング協会のビルクロード賞を受賞した。悲劇的な事故で人生が台無しになっても彼の精神は壊れない。

ウィリアムス
「私の心はファイターだった時と同じです。はじめて敗北した時、ノックアウト勝利した時も何かが壊れるのと同じ。だからバイク事故で大けがをした時も同じだと考えます。事故を起こしたからといってバイクに乗るのを恐れるでしょうか?(負けたからといって次の試合を恐れるでしょうか)

私の身に起きたことを嘆いたり落ち込んでいる暇はありません。以前のように歩くことも出来ないのです。嘆いても落ち込んでも解決できません。」

事故から2年が経ちウィリアムスは元気な様子だ。「ザ・パニッシャー」はリングで稼いだお金を節約し、不動産や資産に変えた。

ウィリアムス
「多くのファイターがお金を節約せず浪費する。私は何百万ドルも持っていないけど、数万、数十万、ポケットには生活に必要なお金くらいはあります。車だって買う事ができます。マネージャーは負債ではなく資産を持てと言いました。だから不動産を買っていました。幸いなことに事故を起こしても私は自分の資産に頼ることができました。私は「パニッシャー」ではなくなったけど今は「家主」です。(笑)」

ウィリアムスは前向きで明るく、時々ジムでサンドバッグを打つこともある。最近では鹿狩りも楽しんだ。

ボクサーとしてウィリアムスは41勝27KO2敗という記録でキャリアを終えたが、長年かけてウェルター級からミドル級までのベストと戦い続けてきた時のファイターのメンタリティーを失うことは決してない。

現在38歳のウィリアムスは妻と3人の子供に囲まれて暮らしている。ライバルについてじっくり話を聞いた。

41勝27KO2敗

第10代WBO世界ウェルター級王座(防衛0)
第12代WBO世界ウェルター級王座(防衛0=返上)
WBO世界スーパーウェルター級暫定王座(防衛0=返上)

ベストボクサー テレンス・カウゼン

あの試合が私がはじめて世界ランカーと戦った試合です。いい経験になりました。はじめてランカークラスと対戦するとどう対応していいか戸惑います。彼はとても滑らかで多くのスキルを駆使してきました。

ベストジャブ ウィンキー・ライト

あの夜、彼は何かを証明しようとしていました。パンチが固くてハードなパンチを打っていた。いつもはブロック、ブロック、ブロックというスタイルなのにあの夜はディフェンスに頼るスタイルを変えようとしていました。

ベストディフェンス

うーん、私がどんなディフェンスも苦にしないというわけではないけど、いつも打開していったから本当にディフェンスがすごかったという相手は思い当たらないな。

ベストチン アントニオ・マルガリート

あの夜の彼は打たれ強かった。

バストパンチャー ウォルター・マティセ

ボディが痺れるように効いたのは彼がはじめてでした。ファンの声援が聞こえなくなりました、悶絶の苦しみでした。私は動き回ってファンの声援が元に戻り回復してくるのを感じました。セルジオと共に、私が脱帽するのは彼だけです。彼だけが私を負かしたようなものです。尊敬しています。初戦は戦争のようで序盤負けていたのを認める。適応しようと努めました。激闘でした。再戦しようとおもいましたが、それは起きませんでした。

ハンドスピード

捕まえられないほど速いハンドスピードのパンチを持った相手はいなかった。セルジオより速い男とも戦った。セルジオは良く動く奴だった。踏み込んできたり、踏み外してきたりの繰り返しで私の正面できちんとファイトする奴でいえばエリスランディ・ララはパンチが速かった。ちゃんと向き合い、打ち合ってノックアウトを狙う、これが私の信条だ。ララとはそういう試合をしたつもりだけどみんなには貰わなくてなくていいパンチを貰ったと言われた。でもこれが俺のやり方だし効きはしなかった。

フットワーク エリスランディ・ララとセルジオ・マルチネス

彼らは2人とも同じタイプだ。速い脚を持ったファイターだ。でも俺はああいうランナーは好きじゃない。

スマート バーノ・フィリップス

彼は自分をよくわかっていた。いつ辞めるか、自分のスタミナの限界値まで。それを理解しながら若い男(自分)に対処していた。それが危険な動きであることも。彼のパンチは物語っていた。私をレッスンしてるんだと。試合中に彼は私をコーチしていたんだ。

屈強 アントニオ・マルガリート

彼は固い拳だった。全てのパンチが固かった。

総合 セルジオ・マルチネス

私をノックアウトしたのが唯一彼だからです。基本的にセルジオがリングでやったことは何も特別な事ではなかった。つかまえどころのないファイターで踏み込んできたり、踏み外してきたり、よくリングを走るファイターだったという事です。

具体的には2012年9月15日(メキシコの記念日)にWBC世界スーパーウェルター級王者サウル・アルバレス(メキシコ)への挑戦が決定していたが、5月27日に兄弟の結婚式へ向かうためオートーバイ(スズキ・GSX1300Rハヤブサ)に乗車し時速120キロ以上で走行中に車との接触を避けようとして転倒、脊髄損傷の重症を負い下半身不随となった。担当医師によるとボクシングはおろか、日常生活でも今後立つことは不可能と診断された。これにより、事実上の引退となった。

2016年3月、車椅子姿のためミットを持てないなどの制限は多いが、トレーナーとして活動を開始した。

ウィリアムスがいたならば今38歳、複数階級を制して引退の次期を迎えたであろうか、2012年であればピークで規格外のサイズを誇るウィリアムスならカネロ相手にどんな結果を残したかわからない。身長とリーチが効いたやりにくいボクサーではあったが、決してそれに頼りすぎることなく逃げずに打ち合うファイターでもあった。だからエキサイティングだった。

セルジオ・マルチネスの芸術的なノックアウトシーンの映像がこれでもかというくらい使われているが、パッキャオに倒されたリッキー・ハットンと同じく著作権料をあげたいほどで本来はレジェンドクラスに強い男だった。

インタビューではマルチネス戦を認めたくないプライドが伺える。
そして、名前くらいは知っていたけど、ウォルター・マティセというのは、ルーカス・マティセの兄で、ウィリアムスと戦った時の戦績は25戦全勝24KOという弟に負けない超絶パンチャーだったようだ。ウィリアムスに負けてからせきを切ったように負け続け、26勝25KO5敗5KO負けという散々な結果で引退している。大変な強打者ブラザーズだったのだな。

ずるいよというほど規格外の体格を誇った名王者でしたが全く防衛はしていない。ずっと残っていたらかなり周辺階級をひっかきまわしていただろうが、悲しい事故で選手生命を断たれた。それでも身を持ち崩すことなく経済的にも上手くやれているのはボクシングIQが高かったせいでもあるだろう。幸せな未来を。

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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