階級別 ウェルター レジェンド

期待されすぎた男/マーク・ブリーランド

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日本の尾崎富士雄とも戦ったことのある、アメリカのアマチュア最高傑作のマーク・ブリーランドはジャブの天才だった。尾崎はほぼジャブだけでわずか4回、血まみれでストップされた。後半勝負に希望を託した粘りの尾崎も前半で儚く散った。
しかし、そんなブリーランドの王朝も長くは続かなかった。アマチュアとしてのスタイルに固執しすぎていたせいか、本能の打ち合い、泥臭い殴り合いは彼の本望ではなかった。

https://www.youtube.com/watch?v=e_kEdd9kWDM

ロサンゼルスオリンピックで金メダルをとる前からマーク・ブリーランドはアメリカ史上最高のアマチュアボクサーとみなされていた。

110勝1敗という輝かしい記録を残し、大いなる期待を背負ってプロに転向したが、クレイジーなジャブマスターは彼を取り巻くほぼ不可能といえる過大宣伝に耐えられなかった。

ブリーランド
「フェアといえるものじゃなかった。自分ではなく記者やメディアが過剰な宣伝をしました。私はRING誌の表紙を飾ったはじめてのアマチュアボクサーでした。私に期待された事を実現するには、10階級制覇しなきゃいけないほどでした。」

それは明らかにニューヨークのファンを熱狂させる話題だった。

ブリーランド
「私はただ世界王者になりたいと言っただけです。そしてその夢を実現しました。2度も世界王者になりました。よくやったとおもいます。でも、話題は私のものではなく、リングで一度も戦ったことのない彼ら(大衆やメディア)のものでした。2度の世界王者としてニューヨークの殿堂入りもしました。私にとっては国際殿堂入りに等しい大きな誇りです。

期待値が髙過ぎたことで私のプロキャリアは失敗したようにみられますが、決してそんな事はありません。世界王座を獲ることがどんなに困難で名誉なことか他のファイターたちに聞いてみてください。

私はアマチュア、プロ、そして今のトレーナーとしてのキャリアに誇りを持っています。いつも最高のコンディションで最善を尽くしてきました。いつも正しいやり方をしてきたつもりです。人々が理解してくれることを望みます。

私は素晴らしいキャリアを過ごした。もう一度やれと言われても私は何も変えないで同じことをするとおもいます。プロボクシングよりもアマチュアボクシングが好きだった、向いていたのです。」

ブリーランドはオリンピックの成功から1984年にプロに転向し、1987年空位のWBAウェルター級王座を南アフリカのハロルド・ボルブレッチを破り獲得。

多くのファンがブリーランドこそボクシングを超越した大スターになると信じていたが、驚くべきことに初防衛戦でマーロン・スターリングに敗れた。

このベルトは後に韓国のイ・センスンを初回KOして取り戻すが、スターリングには再戦引き分けで勝てなかった。以後、ラファエル・ピネダやロイド・ハニガンらを破り4度の防衛に成功するも、アーロン・デービスに敗れて王座を手放した。

その後2度の復帰を試みるも、ベストな状態に戻ることなく。35勝25KO3敗1分の記録を残して引退した。引退後はスパイク・リーの映画に俳優として出演したりした。

ライバルについて

ベストスキル 誰もいない

私はどんな試合でもアウトボックスしたので思い出す相手はいない。

ベストジャブ アーロン・デービス

とても強い、ジョージ・フォアマンタイプのジャブでした。別に特別なジャブではなかったけどとても強くて効果的でした。

ベストディフェンス マーロン・スターリング

のぞき見ガードで腕が長く正確に当てるのが難しかった。ほとんどが腕や肘でブロックされてしまいました。あのディフェンスはエネルギーをたくさん使わせるのです。再戦ではノックアウトを狙ってアウトボクシングを忘れてしまった。

ベストチン アーロン・デービス

ありとあらゆるパンチで殴り、彼の目が塞がりあと1ラウンドでレフリーはストップしようとしていた。しかし彼は耐えて私にベストパンチを当てて捕まえました。

ベストパンチャー ラファエル・ピネダ

彼はパンチャーとして有名だったので私はアウトボクシングして打ち合うつもりはなかった。みんな知らないだろうが2回に私は膝の靭帯を切った。脚に体重をのせることができなかったからピネダがラッシュしていれば私を倒していただろう。もう私の足は死んでいた。でも彼はそれに気づかず私の正面で大人しく戦ってくれたから、彼を倒すまでジャブを打ち続けた。ピネダのセコンドのミスだよ。セコンドはピネダにラッシュさせればよかったのにね。

ハンドスピード スティーブ・リトル

キャリアがまだ若いころ、彼は速くて滑らかだった。素晴らしいスピードでアウトボックスするのが大変だった。

フットワーク ロイド・ハニガン

記者会見でも計量でも彼を一切見なかった。リングで対峙してはじめて彼を見下ろした。初回から彼は動き続けて追いかけるのが大変だった。あちこち動いたよ、彼を計5回は倒したんじゃないかな。フットボール選手のダン・ディエドーフがレフリーに試合を止めろと叫んでいた。なぜだ?私は試合を楽しんでいた。ダンはフットボールのゲーム中に誰かに試合をストップされる事なんて望んでいないだろうに。私が教えているヘビー級のデオンティ・ワイルダーが昨年イギリスで試合をしたときにハニガンと再会したんだ。「あの試合はラッキーだったなと言われたから、ラッキーだったぜ」と言ったよ。

スマート マーロン・スターリング

彼は巧妙なファイターだ。いつブロックしていつパンチを打って、スムーズに動くかよくわかっていた。

屈強 アーロン・デービス

彼は打たれてもタフで常にアグレッシブに攻めてきた。メンタルもフィジカルも強い奴だった。

総合 マーロン・スターリング

あらゆるパンチを浴びせたけど彼のスタイルはやりにくくて、懐に潜りこむ術を熟知していた。不屈の精神をもって何をしても巧妙な奴だった。今ではいい友人だけど、殿堂入りの舞台で私は奴をダーティーファイターだと罵った。すると彼は同意して、俺はクリーンでダーティーなファイターさと言った。いい試合をするにはダーティーであれという意味さ。

ロマチェンコのようなほぼパーフェクトなアマチュア戦績、端正なマスク、ウェルター級にして身長188センチ、リーチが197.5センチ。先に紹介したヨリボーイ・カンパスやチャベスとは真逆の体格を誇るブリーランドはアマチュア無敵といってもプロ無敵の万能派ではなかった。

プロならではの曲者といえそうなマーロン・スターリングが天敵となり、決して期待された通りの大活躍はできなかった。インタビューでもベストスキルは誰もいないと答え、常にアウトボクシングを心掛けていたようだがこういう超長身で細身のファイターはそのサイズを駆使したファイトの恩恵を受けつつも必ずそれを打ち破る屈強なファイターの壁にぶち当たる。

ブリーランドがトレーナーだからこそ、デオンティ・ワイルダーは大きくとも超シェイプアップされ、右ストレートの大砲一筋のスタイルなのだろうか。だとしたらアンコ型の屈強なパンチャーが天敵なのかもしれない。

アマチュアのようには特別な存在にはなれなかったが、プロで2度の世界王者になったブリーランド、その狂ったジャブだけで世界を制した。こういうボクサー人生もある、アマチュアとプロは違う、色々な意味で参考になるキャリアだ。

過大な期待を抱え、ストレスも大変だったろう。ご苦労様でした。
やはり日本人にはみたことも味わったこともないグレートなジャブでした。

ブリーランドの右に映る、ウィテカーはブリーランドより大きなスーパーウェルター級の王者にもなった。左のメルドリック・テイラーもブリーランドと同じウェルター級の王者になった。

大人と子供のサイズだ。その後の運命など誰にもわからない。

ホリフィールドは銅メダルにしてアメリカメンバー最低の成績だった。

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プクー

原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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