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マンゴーの狂人/(El Matador=闘牛士)リカルド・マヨルガ

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ボクシング、特に層の厚い中量級、重量級はトップアマの下地がないとプロで通用しない時代になったが、こういう傍若無人でクレイジーな男もいないと楽しくない。エリートの出世を阻む数々のケンカ、破壊の悪役っぷりで大いに引っ掻き回したが、いつも一発屋だった。今もこれからも恐らくずっと・・・

21世紀初頭の10年でリカルド・マヨルガは誰よりもヒールを演じた。ハードパンチのニカラグア人はウェルター級、スーパーウェルター級の2階級を制し、フェリックス・トリニダードやオスカー・デラホーヤ、フェルナンド・バルガス、シェーン・モズリー、ミゲルコットなどのスターに対する悪役として活躍した。

マヨルガは中米ニカラグアの首都マナグアで生まれた。

マヨルガ
「とても貧しくて大変だった。ビーチでマンゴーを食ってなんとか腹を満たしていた。時々塩と水だけでトルティーヤを食べることもあった。本当にそれだけだった。いつも学校やストリートでケンカばかりしていた。いつもいつもケンカばかりなので教師がボクシングジムに連れて行ってくれた。」

マヨルガはトラックドライバーが集まる食堂に行き、自分より遥かに大きな男と戦って金を稼いだ。(賭博ケンカ)

故アレクシス・アルゲリョがニカラグアボクシングの道を切り開いたが、ニカラグア自体プロボクシングが盛んではなかったため、マヨルガは(シェーン・モズリーとの再戦までの22年間のボクサー人生を)コスタリカで過ごした。

3戦目で16ポンド増量し1988年のオリンピックコスタリカ代表のウンベルト・アランダと戦うも6回KO負け、その後2年間7試合すべてノックアウト勝利し、2000年の秋、当時無敗のベネズエラのアドルフォ・サラザールをノックアウトした試合に感銘を受けたドン・キングと契約した。

ドン・キングはマヨルガをアメリカに紹介した。コンスタンチン・ジューVSシャンバ・ミッチェルの世界戦の前座で時の王者アンドリュー・ルイスとの世界戦を組んだが2回偶然のバッティングでノーコンテスト、翌年の再戦で(エル マタドール)マヨルガは(シックスヘッズ)アンドリュー・ルイスを5回にノックアウト、キャリア最高のパフォーマンスで王者になった。

2003年1月25日、WBC世界ウェルター級王者のバーノン・フォレスト(アメリカ合衆国)と王座統一戦を行い、3回TKOで勝利して統一王者となった。WBA規定によりスーパー王座に認定。試合終了後リング上で喫煙した。

2003年7月12日、フォレストとダイレクトリマッチを行い、再度判定で返り討ち。

飲酒、喫煙、暴言、暴行、マヨルガの傍若無人でクレイジーな言動は評判となった。

マヨルガ
「ドンの息子カールをスポーツカーに乗せて走り回った。デカいコンテナ車に突っ込んで車輪の間を潜り抜けた。カールは恐怖で吐きまくっていたよ。」

2003年12月13日、IBF世界ウェルター級王者のコーリー・スピンクス(アメリカ)と3団体王座統一戦を行うが、判定で敗れWBAスーパー王座とWBC王座からも陥落。この試合は8大タイトルマッチの一環として行われた。

2003年10月に発売された『リングマガジン』2003年12月号には、タバコを咥えたマヨルガが表紙を飾り、「スポーツ界で最もクレージーな男」と題された。

その後、2階級上のミドル級まで上げ、2004年10月2日、フェリックス・トリニダード(プエルトリコ)と対戦するも8回TKO負け。

階級を1つ下げスーパーウェルター級に戻り、2005年8月13日、元IBF世界ウェルター級王者のミケーレ・ピッチリーロ(イタリア)に12回判定勝ちで空位のWBC世界スーパーウェルター級王座を獲得し、2階級制覇を達成した。

2006年5月6日、MGMグランド・ガーデン・アリーナでオスカー・デ・ラ・ホーヤ(アメリカ)に初回左フックで上体が反転するダウンを奪われてペースを失うと6回にはボディからのフックでぐらつき連打でダウンを喫し最後も連打を浴びてレフェリーがストップ。6回1分25秒TKO負けで初防衛出来ず。試合後のドーピング検査でマヨルガから利尿剤のフロセミドが検出された。

2007年7月26日、元WBA世界スーパーウェルター級王者で元IBF世界スーパーウェルター級王者のフェルナンド・バルガス(アメリカ)と世界ランカー同士のサバイバルマッチが行われる事が決まったが、気性の激しい両者が公式プレゼンで乱闘を行った(マヨルガのコメント中にバルガスを罵倒した為怒ったバルガスと関係者を巻き込んで殴り合いになった)事から異例となるアクリル樹脂板で仕切られて記者会見が行われた。試合は同年11月23日に行われマヨルガが2-0の僅差判定勝ちを収めた。

2008年9月27日、米国・カリフォルニア州ロサンゼルス郡カーソンのホーム・デポ・センターにてWBAインターコンチネンタルスーパーウェルター級王座決定戦をシェーン・モズリー(アメリカ)と行い、序盤からパンチを強引に振り回していき相手のペース配分を奪う好調な滑り出しで試合を進めるが、中盤以降モズリーにテクニックで応戦され徐々にポイントを奪い返される。終盤まで両者一歩も引かない展開が続いたが最終回、ここまで驚異的なタフネスで攻撃を凌いできたマヨルガがキャンバスに尻もちをつき、立ち上がるもすかさず左フックを貰い2度目のダウンでマヨルガは失神。12回終了のゴングと共に試合が終了。12回2分59秒KO負けを喫し、モズリーにとっては劇的な勝利となった。

2011年3月12日、個人的な確執があったWBA世界スーパーウェルター級スーパー王者ミゲール・コット(プエルトリコ)と対戦。マヨルガは12回にレフェリーに左拳の異常を訴え試合を止めるよう促し、12回TKO負け。試合後「次の仕事を探す時が来た」とボクシングからの引退を発表した。

2014年9月27日、オクラホマシティのOKC・ダウンタウン・エアパークで約3年半ぶりのボクシング復帰。アレン・メディナと対戦し、往年のリスクを顧みない攻撃で圧倒し1回1分3秒TKO勝ちで復帰に花を添えた。

2015年8月29日、カリフォルニア州イングルウッドのフォーラムでシェーン・モズリーとスーパーウェルター級契約12回戦で対戦予定だったが、マヨルガが7.4ポンドの体重超過の失態を犯したため5万ドルの罰金を科せられたうえで行われ、ボディアッパーでダウンを奪われてキャリア初のカウンテッドアウトとなる6回2分59秒KO負けを喫した。

ライバルについて

ベストスキル シェーン・モズリー

リングジェネラルシップ、スピードと敏捷性、スキル、俺が戦った中ではモズリーが最高だった。

ベストジャブ モズリー

やっぱりモズリーだな。めちゃくちゃ速いしすごいジャブだった。

ベストディフェンス オスカー・デラホーヤ

リングの使い手だ。距離のコントロールが巧みで自分を常にベストポジションに置くんだ。ディフェンスも上手くて当てるのが大変だった。

ベストチン デラホーヤ

誰と言うのは難しいよ、みんな強く殴ったからね。デラホーヤかな。

ベストパンチャー ミゲル・コット

どうやって俺にパンチを当てるかよくわかっていやがった。すごいパワーを感じたよ。

ハンドスピード モズリー

ジャブで組み立てて速いコンビネーションにつなげてくる。誰よりも速かったね。

フットワーク モズリー

ベストスキルのところに戻るけど、フットワークも含めて彼が一番だね。

スマート コリー・スピンクス

ずっと走って逃げ回っていたからさ。それで俺のベルトを奪うんだから賢いわな。

屈強 コット

リングで一番強靭さを感じたのはコットだな。よく動いたしボディが強烈だったな。

総合 モズリー

俺が戦ったファイターではモズリーがコンプリートな奴だったよ。

やはりあまり技術的には参考にならないインタビューだ。
感覚としてしか覚えていないのだろう。

こういう底辺の貧困ストーリーはやはり感情移入してしまう。

正直、ハイレベルなボクサーが集う中にあってマヨルガが好きではなかった。あまり熱心にみていなかった。当時、人気がなくても実力は一番じゃないかとおもっていたバーノン・フォレストの天敵だった。

モズリーはデラホーヤに勝ち、マヨルガもけちょんけちょんにしたが、フォレストにはアマでもプロでも勝てなかった。そんなフォレストがデラホーヤやトリニダードと戦う未来を楽しみにしていたが、マヨルガに阻まれて、不人気なまま消え、挙句に銃撃戦で死んでしまった。

マヨルガは大物食いもするがけちょんけちょんに負ける時も多い。きっと、キレイなファイトをしたいボクサーには規格外でやりにくく、それを克服できる者には通用しない。コンディションも曖昧だからケンカや威嚇が通用しないとヘロヘロに落ちていく。

アマチュアのキャリアもほとんどなく、ニカラグアとコスタリカで勝ったり負けたりだったマヨルガを引っ張ったドン・キングはすごいな。野生の勘が働いたのか、キングに連れられてやってきたアメリカでアンドリュー・ルイスを倒してすぐに結果を出した。

きちんとやっていれば偉大な記録を残した怪物的天然の素質を持っていたのかもしれないが、エリート軍団に混じり、あの完成度で2階級制覇は十分すごい事だ。

生き物として強い、しぶとい、こういう男が人生も長生きするのかもしれない。

なお、総合格闘技含め、半端な身体で何度も復帰しており、総合格闘技の戦績は4戦3敗1ノーコンテスト。2019年4月にはグアテマラ発のトップアマ、レスター・マルチネスのデビュー戦の相手を務めるもボコボコにされた。

「デビュー戦の相手なんか初回KOできなかったら歩いてニカラグアに帰る、負けたらもちろん引退さ」

と息巻いていたが、何日もかけて歩いて帰ったわけではないだろう。

追憶のグアテマラ/レスター・マルチネスVSリカルド・マヨルガ

中南米はボクシングの伝統的なメッカとはいってもグアテマラは知らない。コーヒーしか知らない。そんな国からのプロスペクトです。なんといっても、先日デビュー戦で46歳のリカルド・マヨルガに勝って初陣を飾りま ...

もうこういう破天荒なファイターは出て来ないかもしれない。

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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