階級別 スーパーライト レジェンド

ハッピーエンドは振り向かない/(孤独な猛獣)アーロン・プライヤー

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スーパーライト級こそ最激戦区という持論だが、この男がいたならばケリはついているだろう。階級もわけもわからず見ていた時代のファイターだが、レナードよりもタイソンよりも一番強いと感じたのが彼だ。しかし、祝福されたレナードと違い、アーロンはアローン(孤独)だった。ハッピーエンドはなかった。

アーロン・プライヤーは歴代中量級ボクサーの中で最強の呼び声が高いボクサーの1人だ。

「The Hawk」は204勝16敗のアマチュアを経てプロになった。伝説のヘンリー・アームストロングを彷彿とさせる野生の猛獣のようなパンチャーとして人々を魅了した。

プライヤーは名王者、アントニオ・セルバンテスをノックアウトし1980年にWBAジュニアウェルター級タイトルを獲得、8回の防衛に成功した。何人かの優れた対戦相手を下してきたが、彼を有名たらしめたのは、殿堂入りのアレクシス・アルゲリョとの2戦だ。2戦ともに残忍なノックアウトでプライヤーが勝利。試合後にプライヤーとアルゲリョは共にボクシング引退を発表した。引退を撤回しIBF王者になるも麻薬に溺れ、試合不可能となり剥奪、無敗のまま再度引退。

麻薬依存だったが2年後に復帰、ボビー・ジョーヤングに7回TKOで敗れた。その後3連勝するもそのまま完全に引退となった。

アマチュア戦績:220戦204勝16敗

通算戦績:40戦39勝(35KO)1敗
世界戦戦績:11戦全勝(9KO)無敗

ライバルについて

ベストボクサー アレクシス・アルゲリョ

俺と激しいパンチの交換をしたけど誰も彼が何をしているのかみていなかった。偉大な試合だった。14回でストップしたけどそれは戦争だった。アルゲリョはベストだった。

ベストジャブ 亀田昭雄

日本からやってきた亀田昭雄だね。素晴らしいボクサーパンチャーだったよ。サウスポーで背が高くてハートの強い男だった。彼のジャブが見えなかった。俺がノックアウトしたけど彼のボクシングが好きだ。素晴らしいボクサーだった。

ベストディフェンス ノーマン・ゴインズ

インディアナポリスのノーマン・ゴインズを思い出すね。アマチュアで世界的なボクサーで1973年に俺はボディで負けているんだ。俺が16歳で彼が20歳だった。俺が20歳になりシンシナティで再戦し9回で雪辱したんだ。

ベストチン アレクシス・アルゲリョ

俺は40戦35KOだ。アルゲリョだろうね。アゴに何度も強打を当てたけど耐えていた。他の相手なら皆倒れていた。初戦は14回、再戦は10回でノックアウトしたけど、俺のベストパンチを浴び続けて14回だ。ものすごくダメージを受けたはずだ。尊敬するよ。

ベストパンチャー アントニオ・セルバンテス

彼がいままでで最高だった。

ハンドスピード アル・フォード

ライトウェルター級になる前にライト級で11試合したんだ。そこにアル・フォードという男がいた。アマチュアで傑出した男で速いパンチを持っていた。

フットワーク アレクシス・アルゲリョ

彼が最もいいフットワークだった。

スマート アレクシス・アルゲリョ

俺が戦った中では一番賢いファイターだったとおもう。4階級制覇をかけて俺と戦ったんだ。3階級は制覇していた。俺が阻止した。

屈強 アレクシス・アルゲリョ

俺はいつも死ぬならリングの中だと言っていた。ボクシングを愛していたからだ。アルゲリョも同じ気持ちだっただろう。長く過酷な彼との試合で俺はショックを受けたよ。エネルギー全開で殴り続けても彼はまだ向かってくるんだ。本当にタフな14ラウンドだった。

総合 アントニオ・セルバンテス

キャリアを振り返ると彼が一番だったとおもう。セルバンテスにはプロで100戦のキャリアがあった。10年間、2団体で王者に君臨していた。初回に俺はダウンして立ち上がり逆転KOしたんだ。セルバンテスが俺のキャリアでは一番偉大な男だった。

この記事だけでは伝えきれない数々のエピソードがある。
シュガー・レイ・レナードが光ならプライヤーは影、ダークヒーローという宿命を背負った。

階級が違い、黄金の中量級に加わることは出来なかったが、アマチュアではハーンズを下しており、亀田昭雄戦前にプロでデュランやレナードと対戦する話もあった。

シュガー・レイ・レナードとファイトマネー75万ドルで対戦する契約にサインをして試合が決定する。しかし、1982年5月14日のレナード対ロジャー・スタッフォードを観戦に向かう途中に運転していた車のラジオでレナードが網膜はく離を患ったと聞き試合が中止になったことを知る。この時のことをプライヤーは「路肩に車を寄せ。俺は泣いたよ」と語っている。レナードは6ヵ月後に引退。

戦っていたらどうだっただろうか
個人的にはプライヤーの獰猛さ、勝利を推す。

それでもアレクシス・アルゲリョという永遠のライバルを得、それに勝利し名誉を確固たるものにしたが、プライヤーのあまりの強烈なファイトスタイルや素行は常に薬物や反則疑惑がつきまとった。その風貌もあいまって、最後まで孤独なヒールで終わった。

実質無敗のキャリアだが、復帰したのは当時新設のIBFに人気者が欲しかった、自身の金欠もあったのだろうがこの時すでに左眼に網膜剥離を患っていた。生涯唯一の敗戦は余計なキャリアといえた。

1986年12月、アレクシス・アルゲリョがプライヤーと偶然出会う。

「彼の風貌にショックを受けたよ。彼は110ポンド(約50キロ)ぐらいまで痩せていた。近づいて『しっかりしろよ。アーロン。しっかりしろ』と呼びかけたけど、彼が理解出来ていたのか、聞こえていたのかさえわからなかった」と語っている。

現役時代、契約したマネージャーであるブディ・サロメにデビューから引退まで獲得したファイトマネーの半分を搾取され、人気ボクサーでありながら全く華やかな生活を送ることができなかったという。

1991年3月、故郷のオハイオ州シンシナティで販売目的でコカインを所持していたとして逮捕され、約半年間刑務所に服役。その後、麻薬リハビリセンターで出会った白人女性と結婚した。

1993年、麻薬依存を克服。

2016年10月9日、オハイオ州シンシナティの自宅で死亡。心臓病を患い、長く闘病生活が続いていた。

ボクシングの原点かつ頂点であるかのようなアーロン・プライヤーのファイトが私は大好きだ。

合掌・・・

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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