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ボクシングの神に愛されたビッグベアの建設家/アベル・サンチェス

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ゴロフキンとアベル・サンチェスはカネロ戦を最後に決別した。トレーナーと選手の出会いと別れはいつの時代にもあるものだ。ここで手に入らない新しい何かを求めて選手は去っていく。3年ほど前、ケル・ブルックとの試合前の記事なのでゴロフキンの名参謀としてのサンチェスになりますが、個性的で数奇なトレーナー人生といえるだろう。

アベル・サンチェスは現代ボクシング最高峰の一人、ゲナディ・ゴロフキンのコーナーでお馴染みの顔だ。30年以上のトレーナーとしてのキャリアで16人の世界王者を育てた。

サンチェスは1955年ティファナで8人兄弟の長男として生まれた。6歳の時に家族はカリフォルニアに移住した。9歳で母親が再婚し、再婚相手の父親から建設現場のロープ貼りを教わった。

サンチェス
「私たちは貧乏で空腹だったので一生懸命働きました。荒野で粗野な暮らしをしていました。肉を食べることができるのは週に一度で米や豆やジャガイモばかり食べていました。朝7時から2時まで学校に行ってその後は父親の仕事の手伝いをしていました。毎日仕事で夏休みが何なのかわかりませんでした。いつも仕事をしていました。」

サンチェスは18歳になると長年の経験を生かし会社を設立した。有名な仕事は映画ETのセットで家を建設したりした。

友人と一緒にテコンドーを学び、現在サンチェスのアシスタントであるベン・リラと出会った。キックボクシングでは15戦全勝だったサンチェスだが、ララにボクシングを薦められた。しかし結果は3勝3敗だった。仕事との両立が難しくグローブを吊るすことにしたが、代わりにリラのジムのスポンサーとしてコーナーの手伝いなどをした。1982年の事だった。

1985年、サンチェスの元にルぺ・アキノの父親から相談があった。アキノはマネージャーとの関係がこじれ引退状態だったが、サンチェスは問題を解決しアキノを迎え入れた。7連勝した後、フランスでエマニュエル・スチュワード率いるドウェイン・トーマスと戦い勝利、ルペ・アキノはサンチェスの最初の世界王者になった。

フランスから帰国するとさらに2人のファイターを紹介された。テリーとオーリンのノリス兄弟。テキサスからやってきたアマチュアの傑作だった。

サンチェス
「テリーはおしゃべりだったがオーリンは無口だった。テリーが俺たちを訓練してくれと頼んできた。ルぺと同じ条件なら問題ないと返事をしました。結局、テリーが2番目、オーリンが3番目の世界王者になりました。」

後の世界王者のポール・パディンとも仕事をしたが、意見の対立により王者になる前に契約を解消している。

1994年にはドン・キングとも働きその関係は1996年まで続いた。メキシコのミゲル・アンヘル・ゴンザレスと知り合いしばらくトレーニングしたが、メキシコ人の仕事倫理に失望し別れることになる。

さらに1990年代後半には南アフリカのヘビー級、フランソワ・ボタのトレーニングもした。

サンチェス
「ボタはヘビー級でビッグファイトが出来るチャンスにいたので9試合トレーニングをしましたが、極度の練習嫌いでした。ゴルフばかりしてました。私は負けず嫌いでしたがこれに耐えきれず2000年末にトレーナーを引退し元の建設業に戻りました。」

2001年10月、サンチェスは心臓発作を起こした。またいつ倒れるかわからない。もうボクシングに戻るつもりはないが、建設業で磨いた腕で最先端のジムを作り、友人に運営して欲しいと考えた。サンチェスはカリフォルニア州のビッグベアでたくさんの仕事をしてきたので、そこがトレーニングに最適な場所であると感じていた。ジムは元々エマニュエル・スチュワードとレノックス・ルイスのために設計された。しかし彼らがいない時のために別のファイターにも使ってもらった。それはスチュワードとの約束だった。

サンチェス
「そこは子供達のためのリゾート施設になってしまいました。1年に2.3回しか使われていなかった。無駄にこんな施設を維持するのはよくないとおもいました。電気、ガス、水道などあらゆる維持費用を私が負担していました。」

施設が完成した2008年の秋から数年後、マニー・パッキャオの試合に備えてオスカー・デラホーヤがこの施設を借りた。その後は口コミで次々に他のボクサーも施設を利用するようになったが、ゴロフキンほど有名な選手はいない。

次戦、英国でケル・ブルックと対戦するゴロフキンの他(当時)現在ではムラト・ガシエフやコンスタンチン・ポノマレフ、デニス・シャフィコフの3人のロシア人ファイターのトレーニングをしている。

サンチェスには結婚生活20年ほどの妻と前妻の間に3人の子供と共にビッグベアーで暮らしている。時々ゴルフをするがほとんどがボクシング漬けの日々を送っている。

10のカテゴリに分けて想い出深いファイター達について聞いた。

ベストジャブ ゲナディ・ゴロフキン

ゴロフキンのジャブは下半身、足の強さと巧さから引き出されます。相手の動きやミスに合わせて完璧なポジショニングとタイミングでジャブを放ちます。テリー・ノリスやポール・パディンもいいジャブを持っていたがゴロフキンのジャブは下半身の強さ、脚の連動で生まれる強く美しいジャブであんな素晴らしいジャブを持った男は彼しかいません。

ベストディフェンス オーリン・ノリス

ゴロフキンやミゲル・アンヘル・ゴンザレスも知的でスマートなディフェンス技術を持っており、望んだ通りに自在に出来たけどミスをしたらその代償を払わねばならない。オーリン・ノリスのディフェンスは格別で、大きなヘビー級はノリスにパンチを当てることが出来なかった。相手がデカければデカいほどオーリンはやりやすかった。トニー・タッカー、トニー・タッブス、グレッグ・ペイジ、オリバー・マッコールを負かしてきたからね。素晴らしいディフェンスの職人だった。

ベストチン ヘスス・サルード

ゴロフキンと言うべきだろうけど、別の観点からヘスス・サルードを推薦するよ。サルードもアキノも強いアゴだったけど一番はサルードだね。ミゲル・アンヘル・ゴンザレスも打たれ強く頑丈だったけどいつも減量で自滅していた。
ヨリボーイ・カンパスも誇らしい男だった。彼と一緒に25試合しました。最後のファイトがフェリックス・トリニダード戦です。想い出してください。2ラウンドにトリニダードはダウンしました。それからはトリニダードがカンパスを打ちまくりましたがカンパスはダウンしませんでした。レフリーストップになりましたがカンパスはへっちゃらでした。

ハンドスピード ポール・パディン

その他のパンチは速くなかったけれど私が教えたアッパーが最高に速かった。あれで世界王者になれたようなものだ。テリー・ノリスもハンドスピードは速かったけれど彼はアスリートの速さだった。テリーは線を描くような速さを持っていたが、腰を据えた確固たる武器がなかった。ポール・パディンは点から点で必殺の速いアッパーが打てた。

フットワーク テリー・ノリス

信じられないフットワークの持ち主だった。まるで「熱いトタン屋根の猫」のようだった。点から点で動くことができ、バランスやポジショニングなんて気にしなくてよかった。しかし時に無駄に脚を使いすぎることがあった。私が好む以上に。それにしても速いフットワークだったよ。

スマート ゴロフキン

ゴロフキンとオーリン・ノリスだね。ゴロフキンはアマチュアで全てを経験してきたんだ。今まで経験したことのないスタイルなどなかった。驚くような事は何もないんだ。アマチュアの偉大な経験を経て身に着けた知性と予知能力があった。

オーリンも300戦くらいのアマチュアのキャリアがあった。彼はヘビー級としてはとても小さかったから大きな相手のジャブを外して打ち負かす術を知性を働かせて習得してきたんだ。でも一番はゴロフキンで2番がオーリンだろうね。今も現役で大活躍しているからね。でもオーリンも負けないくらい別格だったよ。

屈強 ゴロフキン

圧倒的にゴロフキンです。はじめは特に何も言う事はなかったけど、今彼のフィジカルは最強です。まるで岩石のようです。いつもグッドシェイプを維持しているから彼の不調を感じたことがない。彼の腕は鋼鉄のような強靭さです。タフな仕事を通じて得た強靭さとでもいうべき遺伝子学的なものを身に着けた彫刻のような肉体を持つ男です。

ベストパンチャー ゴロフキン

ゴロフキンとルぺ・アキノです。アキノは恐ろしい右と左ボディの持ち主でした。ゴロフキンと同じレベルでは語れませんがアキノもまた素晴らしいパンチャーでした。神はゴロフキンにハードパンチだけでなくインテリジェンスも与えたのです。彼と対戦した者は皆こう言うでしょう。「奴は自分の好きなようにパンチを打ち込んでくる」と。破壊的なパンチを決してランダムではなく緻密に予想不可能な形で打ち込むコツを持っています。

セルゲイ・コバレフのパンチはジョージ・フォアマンのようなタイプでした。ひたすら重い、でもそれは言い換えればシャープな(鋭い)パンチではないのです。極端に重いパンチです。ゴロフキンのパンチは鋭い(シャープな)もので質が違います。ゴロフキンとコバレフがスパーリングしたらヘビー級です。

ベストスキル ゴロフキン

圧倒的にゴロフキンです。それはインテリジェンスに基づいています。ジャブもフットワークもポジショニングも圧倒的に優れています。必ずしも最速ではありません。でも彼はどうすれば最も効果的、効率的か心得ているのです。ダニエル・ゲール戦の左フックをみればよくわかります。今のところ、ゴロフキンの唯一の欠点は試合が簡単すぎて集中力を欠くことがあることです。(相手の軽いパンチを被弾する時がある。)我々コーチにとっては1発のパンチでも10発のパンチでも何が起きるかわからないから怖いのです。でも彼は心身ともに統制されているから問題ないでしょう。

オーリン・ノリスはクルーザー級の体格でヘビー級の選手にはパワー面でどうしても難しかった。どんなにヘビー級の相手に勝ってもタイトルを獲得できなかったのでヘビー級でやらせたくはなかった。190ポンドのクルーザー級に落とす努力をした。彼はディフェンシブでインテリジェンス溢れるファイターだったからクルーザー級で世界王者になれた。ヘビー級のパンチ力を持っていなかったけど素晴らしいテクニシャンだった。

総合 ゴロフキン

ゴロフキンで決まりです。もし各選手のいいところだけを集めるならゴロフキンの知性、ルぺ・アキノの左ボディフック、ヘスス・サルードのリングでの佇まい、ゴロフキンにもそれがあるけどサルードとはちょっと違うな。ポール・パディンのアッパーにゴロフキンのコンビネーションが加われば信じられないほどだ。そしてテリー・ノリスのフットワーク、ポジショニングなんか関係のない圧倒的なスピード、完璧を求めるならセルゲイ・コバレフの背の高さ、リーチ、ゴロフキンの右と頑丈なアゴ、、オーリンとゴロフキンのインテリジェンスだ。これらが集まれば、無敵のシュガーレイ2.0の完成だよ。

面白い経歴でした。

本当は日本人にも想い出深い、東京三太、ミゲル・アンヘル・ゴンザレスの記事はないかと探していて辿り着いて脱線してしまいました。東京三太、イケメンでグレートなファイターで、もっと評価されるべき王者じゃないかと・・・しかし見つけられませんでした。

現代のボクサーは特にトップアマチュアが多いからプロのトレーナーは最初から完成されている、洗練された技術を持つ選手に足りない何かを足していくのが主な仕事なのだろう。ティファナ生まれのカリフォルニア育ちだからサンチェスは名前からしてもメキシコ人ルーツなのだろうが決してボクシングの専門家ではない。ビッグベアという広大な自然と建築技術で作ったトレーニング施設、ボクシングへの愛と献身が、他のトレーナーにない独自の視点として完成されたファイターを補っているのだろう。

セルゲイ・コバレフが出てきたが、例えで出したのか、教えたことがあったのか、ベストには出て来ないけどひたすら重いドスンパンチでゴロフキンとはタイプが違うのだな。ゴロフキンも十分重いドスンにみえなくもないけど・・・

ほぼ、ゴロフキンがパーフェクトといえるインタビューでしたが、サンチェスの元を離れジョナサン・バンクスにトレーナーを変えたゴロフキンは何かを変えてさらに強くなってもらわなければなるまい。年齢と戦いながらも・・・

ボタ、ゴルフばかり・・・

あれ、ゴロフキンやスリバン・バレラだよね、ムラト・ガシエフゴツすぎる。デカすぎる。

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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