階級別 ライトフライ レジェンド

絶対ヒーロー/( リトルハンドオブストーン)マイケル・カルバハル

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ボクシング人気が最も熱い、ヒスパニック系アメリカ人として、オリンピックメダリストの勲章と、クールで愛らしい風貌、シャープで好戦的なファイトスタイル、良きライバルに恵まれて、マイケル・カルバハルはライトフライ級だけで最初の100万ドルファイターになった。

”小さな石の拳”はパンチこそロベルト・デュランのように強かったが、小さなオスカー・デラホーヤのようなヒーローだった。最軽量級でもスターになれる事はカルバハルとロマゴンが教えてくれた。

元ジュニアフライ級世界王者で殿堂入りのマイケル"Manitas De Piedra"( "リトルハンドオブストーン")カルバハルは後に2度世界王者となるウィル・グリッグスピーに勝って1989年にプロデビューした。

アリゾナ州フェニックスで生まれ育ったカルバハルは、デビュー戦から無敗の14連勝でIBF世界ライトフライ級王者ムアンチャイ・キティカセムに挑戦。両者無敗の対決となったがカルバハルが序盤から王者を攻め立て、7RTKO勝ちで王座を獲得した。この王座を連続6度防衛した。

IBF王座7度目の防衛戦でWBC世界ライトフライ級王者ウンベルト・ゴンザレスとの王座統一戦が行われた。共に強打を誇る両者の対戦は序盤から激しい打ち合いとなったが、カルバハルは序盤で2度ダウンを喫するなど大苦戦を強いられた。しかし7Rに強烈なアッパーからの連打でKO勝ち。IBF7度目の防衛を達成すると共に、WBC王座との統一に成功した。この試合はリングマガジン ファイト・オブ・ザ・イヤーに選出された。

1994年IBF王座10度目の防衛戦で再びウンベルト・ゴンザレスと対戦。一進一退のもつれる展開となるも、持ち味の強打をゴンザレスに封じ込められ、1-2の判定で敗れる。これによりIBF・WBC王座から陥落すると共に初黒星を喫した。

1994年7月WBO世界ライトフライ級王者ホセ・カマーチョに挑戦。判定勝利し王座を獲得するも、防衛せずに返上する。

1994年11月IBF・WBCの統一王者となったウンベルト・ゴンザレスとのラバーマッチが実現。しかしゴンザレスのアウトボクシングの前に有効打をヒットさせることが出来ず、判定0-2で敗れた。

1996年3月IBF世界ライトフライ級王座決定戦でメルチョル・ゴブ・カストロに判定勝ちし、再びIBF世界王者に返り咲いた。この王座は2度防衛。

1997年1月IBF世界ライトフライ級王座3度目の防衛戦でマウリシオ・パストラナに敗れ王座陥落。

1999年7月ホルヘ・アルセの持つWBO世界ライトフライ級王座に挑戦。10代で世界王座を取った王者の勢いの前に苦しい試合を強いられたが、11Rにカルバハルの強打がクリーンヒットし、逆転の世界タイトル獲得を果たした。獲得した王座はすぐに返上し、この試合を最後に現役を引退した。

4人の子供の父親であり7人の孫を持つカルバハルは妻のララと現在も生まれ故郷に住んでいる。

アマチュアキャリアを教えてください。

ソウルオリンピックボクシングライトフライ級銀メダル
パンアメリカン大会銀メダル

カルバハル
「150戦くらいやって10敗くらいしています。」

キャリアを振り返ると、ウンベルト・ゴンザレスが貴殿のハイライトでしょうか?

カルバハル
「私にとってのハイライトはムアンチャイ・キティカセムを倒して初めて世界王者になった時です。彼が最も困難なパンチャーでした。6歳の時から父と世界王者になる夢を追いかけてきてその夢が叶った。そして世界王者として引退したいとおもっていました。チキータ(ウンベルト・ゴンザレス)との初戦は素晴らしかった。ファイト・オブ・ザ・イヤーにも選ばれましたが、最大のハイライトはやはりムアンチャイ戦です。」

ホルヘ・アルセを破って世界王者のまま引退しましたが、復帰は考えなかったのですか?

カルバハル
「お金は問題ではありませんでした。世界タイトルこそ重要でした。1999年に復帰しましたがその前に少しブランクがありました。あまり地元を離れたくなかったのです。世界王座を獲り王者として引退するのが私の目標でした。アルセに勝った時にもう全てをやりきったとおもえたのです。ボクシングで障害を抱えることなく健康で終わりたかった。おかげで最高の気分で引退する事ができました。」

1993年以来自分のジムを持っているそうですが

カルバハル
「ジムは私の家の目の前にあります。私が生涯暮らす家と同じです。子供たちがコミュニティを持ち、ストリートライフから離れてトラブルに巻き込まれることなく過ごすことが重要なのです。」

あなたは実例として若者たちにインスピレーションを与えていく義務があります。

カルバハル
「子供達にはボクシングを、闘いを愛さねばならないと話しています。目標に向かってハードな練習を乗り越えベストを尽くさねばならない。みんな有名になってお金持ちになりたい。でも何かを犠牲にしてベストを尽くさねば決して夢は実現しません。欲望は夢の実現に一役買いますが、その欲をうまくコントロールしなければなりません。」

後悔はありませんか?

カルバハル
「何もないです。世界王者になる夢、王者として引退することができました。」

通算戦績49勝33KO4敗

獲得タイトル
第18代WBC世界ライトフライ級王座(防衛2度)
第5代IBF世界ライトフライ級王座(防衛9度)
第8代IBF世界ライトフライ級王座(防衛2度)
第3代WBO世界ライトフライ級王座(防衛0度)
第10代WBO世界ライトフライ級王座(防衛0度)

ライバルのものはあっても主役であるマイケル・カルバハルのいつものインタビューがありませんでした。ウンベルト・ゴンザレスがカルバハルのライバルとして3部作を演じ、同時にミリオンダラーファイターになったが、当時の軽量級の誰もが、カルバハルと戦いたかった。カルバハルになりたかった。

軽量級の人気を一人で背負ったヒーローのカルバハルは引き際もクールだった。その後偉大な王者として何階級も制するホルヘ・アルセを最後の相手と定め、見事に倒し去っていった。

VSリカルド・ロペス
VSユーリ・アルバチャコフ
VSマーク・ジョンソン

なんかが観たかったけど、ヒーローはヒーローのまま舞台を降りた。53戦もしたのだから十分だ。
おもったより品行方正なセカンドキャリアを送っているようだ。頭がいいのだろう。

第二のカルバハルが出てくることを望む。

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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