デュランになれなかった男/エドウィン(チャポ)ロサリオ

ロサリオは失われた5年間について語った。
サンファンの刑務所に入り、妻や家、車を失った。しかし今再び世界王者になる自信があると・・・

エドウィン・ロサリオ(Edwin Rosario、1963年3月15日 – 1997年12月1日)は、プエルトリコのプロボクサー。元世界2階級王者(ライト級、ジュニアウェルター級)。

エドウィン(チャポ)ロサリオはリングの中では輝かしいキャリア、パフォーマンスをみせた元世界2階級王者だったが、リングの外では薬物乱用により、34歳で短い命を落とした。

検死の結果、死因は肺水腫であり麻薬とアルコール中毒が原因とされているが、確信は持てない。

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コメント一覧
  1. ほぼ同世代ですね(笑)

    あの試合のチャベスは凄い戦い方でしたね。
    全盛期にラミレスとチャベスにTKO負けしましたが、ロサリオ絡みはいい試合が多いです。

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  2. 僕も海外ボクシングを見始めた時はロサリオがライト級のチャンプでした。彼独特の構え方が印象的でした。重そうな一発一発のパンチも魅力的だった一方、対チャベス戦ではチャベスの距離をつぶした戦いぶりに目がいってしまったのを覚えてます。

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  3. プクーさん、こんにちは。

    チャベス第2戦よりも指名戦にされたのは、もはやロサリオは終わっていると見なしていたからじゃないですかね。
    本人もおそらく承知している。

    あまりに短い全盛期でした。

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  4. これだけの選手なのに、平仲を怖がっているようにみえるし
    ジュニアウェルターかというほど太っていますね。
    薬物やアルコール含め、既にベストとほど遠いシェイプでしたね。
    自分が一番わかってるから平仲が怖かったかのよう・・・

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  5. 私がボクシングにのめり込んだ時代のホープでした。
    彼が当時どれだけ恐れられた存在だったか?

    彼がWBC1位だった時代の王者アルゲリョは、伝説のプライヤー第1戦に敗戦後も王座にありましたが、打倒プライヤーを目指すアルゲリョは王座を返上します。
    それまで必ず上位ランカーを倒していたアルゲリョが、おそらくは2位のラミレスを最も恐れ、更にロサリオも苦手なタイプで、戦えばプライヤー打倒が遠のき、年齢も厳しい他の理由で、危険を回避しました。

    ラミレスは一度ダウンを奪われた試合があります。

    そして決定戦になるのですが、ここで彼のキャリアを微妙なものに変える左手首の負傷を負い、ブランクが多くなります。
    この負傷は完治したと公言したのはラミレス第2戦のみでした。

    印象的なKOの多さと名勝負の数は、全盛期の短めなことを考えても凄いです。

    ラミレス第2戦とカマチョ戦は歴史に残った名勝負。
    ビルエト戦、エリゾンド戦、ブランブル戦の倒しぶり、逆転負けのラミレス第2戦で奪ったダウンは素晴らしかった。

    以前SNSでこのロサリオの話題になるとカウンターの名手として結構高い人気でした。

    力が低下していたジョーンズ戦、ナサリオ第2戦、ガルサ戦、平仲戦は、もはや蝉脱しようとしている若き天才の哀れを見せていました。

    特に、ランドール第2戦の目に涙を浮かべたような顔で必死で戦う姿は、悲しい気持ちになりました。

    気が弱い選手で知られており、そんな醜態も見せたキャリアですが、強かったですね。
    ブランブルの倒された後、目を合わせようとしない狼狽えが、ロサリオの怖さを物語っています。

    長文失礼します。

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