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ドワーフジャイアント最後の花火/The Wolf(狼)ワンヒン・ミナヨーティン

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いったい日本人の何人が彼の前で敗れ去っただろうか、借りは返さなければならない。
小さな巨人は引退へのカウントダウンに向けて、空を飛び、日本にもやってくるつもりだ。

ワンヒン・ミナヨーティン(Wanheng Menayothin、1985年10月27日 - )は、タイのプロボクサー、元ムエタイ選手。現WBC世界ミニマム級王者。マハーサーラカーム県出身。ポンサクレック・ウォンジョンカムなど多くの世界王者を輩出したウィラット・ワチララタナウォンがプロモーター兼会長を務め、ピヤラット・ワチララタナウォンがプロモーターを務めるペッインディーとオスカー・デ・ラ・ホーヤのゴールデンボーイ・プロモーションズ所属。

タイのマハーサーラカームの緑豊かな郊外に、リズミカルに何かを叩く音が聞こえる。土地開発の工事の音だろうか、

いや、これは木の幹を叩く若いムエタイファイターの規則的なキックの音、タイの子供たちの伝統的なトレーニングだ。タイの生活様式の一部であり、このようなバックボーンからWBCミニマム級王者のワンヒン・ミナヨーティンは生まれ、フロイドメイウェザーが持つ50連勝無敗記録に並んだ。

ワンヒン
「子供の頃は何も持っていませんでした。ムエタイを始めた時は13歳でした。この国の全ての子供がしなければならない文化のようなものです。私たちの家族は決して貧しくはありませんでした。ムエタイの収入で十分でした。いつも勝ちました。家族のお金は私の拳にかかっていました。」

「ドワーフジャイアント=小人の巨人」と呼ばれる無敗のチャンピオンは、リロイ・エストラーダを下して50連勝無敗という世界タイ記録を樹立した。試合は水曜日の午後、タイで行われたため世界的に注目されることはなかった。それでもワンヒンは自分の業績を誇りに思っている。

ワンヒン
「防衛できてとてもうれしかったです。メイウェザーの記録に並んだ事実は光栄です。恐らく私はあと5,6試合は戦うとおもいます。これからも気を引き締めていきます。祝勝会などしません。ボクシング界で私を認識している人が少ないことはわかっていますがそれも気にしません。どんな状況であろうと殴ることが私の義務です。」

わずか105ポンド(47.61キログラム)のワンヒンは、熱心なボクシングファン以外の視界には入っていない。いつもそうだった。彼は自分をアピールするため、また家族を守るために戦った。そこに特権や快適さは存在しなかったが、欧米とは違い、お金の誘惑はタイの文化ではさほど重要ではなかった。報酬は少ない。例えば今ワンヒンが住んでいるマハーサーラカームの家の家賃は13000円だ。

ワンヒン
「私は常に試合で自分自身にチャレンジするのが好きでした。故郷でムエタイをはじめてルンピニー・スタジアム王者になりました。」

ワンヒンにはそれほど多くのムエタイキャリアはない。

ワンヒン
「国際式のスタイルにチェンジする必要はほとんどありませんでした。ムエタイでもパンチばかり打っていましたから。」

故郷の村でもワンヒンはさほど有名人として知られいない。たしかに彼はセレブのような暮らしをしていない。

メイウェザーの50連勝無敗記録に並んだ試合の翌日、ワンヒンは市場にいた。しかし高価な買い物をしたわけではなく卵を買った。それがワンヒンだ。

(チョコラティート)ロマン・ゴンザレスを2度破ったシーサケット・ソー・ルンビサイの大躍進はタイの国民を熱狂させた。ワンヒンの勝利は注目を集めない。最軽量級であるミニマム級は東南アジア以外ではほとんど注目されておらず、ワンヒンのキャリアも幾分怪しげな対戦相手が含まれているが、コンスタントに試合を続けることに集中してきた。

ワンヒンは直近の対戦相手であるパナマのリロイ・エストラーダに対してはセンスもエキサイティングなものも何も感じなかったという。

ワンヒン
「私は子供の頃から彼のような対戦相手を殴ってきた。リングに上がって殴るか殴られるだけです。しかし私はミスをしない。だからベストなのです。」

しかし、唯一、WBAミニマム王者の同胞、ノックアウト・CPフレッシュマート(本名:Thammanoon Niyomtrong)だけはワンヒンの言葉に異議を唱えるかもしれない。彼らの統一戦は実現するのだろうか?

ワンヒンは他の王者との統一戦には興味があるが、タイの仲間とは戦いたくないという。

ワンヒン
「王者同士の試合は楽しいとおもう。ニュームトロン(ノックアウト)次第です。私たちは友人です。私はただ自分のベルトが守りたいだけです。彼はWBAのチャンピオンです。お互いがタイで名声を確立すればいいとおもっています。」

ワンヒンの50試合全てがタイで行われており、地元で戦うことに満足しているようにみえるが、彼はチャンスがあれば海を渡りたいと願っている。

ワンヒン
「プロモーターやマネージャー次第ですが、チャンスがあれば世界中どこにでも行きたいです。」

ワンヒンは今財政的に一番可能性が高いのが日本だと感じている。

ワンヒン
「世界にアピールする大きな試合がしたい。本当はアメリカの大きな舞台で戦ってみたいです。」

ワンヒンへのインタビューは彼のフェイスブックで行われたが、インタビュー中彼はとても明るくフレンドリーで楽しい時間だった。3日間に渡るインタビューで彼は寝不足のようだった。時差を気にすべきだったがその必要はあまりなかったようだ。ワンヒンは毎朝5時に起きてトレーニングをし、我々のチャット(インタビュー)に遅れることもなかった。

ボクサーとして、1人の人間としてのワンヒンに違いはない。彼は終始リラックスして周囲の評判に惑わされることなく何事にも動じない。おそらくそれは子供時代の環境が培ってきたのだろう。タイの灼熱の太陽の下、木々を蹴り、エネルギーを奪い取る、それは子供の軍隊を連想させる。

ワンヒン
「あと、5,6試合やります。」

その時がきたら、それが過ぎたら彼はどこに行くのだろう?
きっとワンヒンは市場に卵を買いに行くだろう。

The Wolf(狼)ワンヒン・ミナヨーティンがメディアを騒がすことはないだろう。しかし彼は紛れもなき本物の王者、正直で誠実な男だった。

ワンヒン
「引退したら小さなジムを開くでしょう。次世代のボクサーを育てたい。私の後継者を。」

かなりネタに困っての選出ですが、いかにも彼らしいというかタイ人らしい、素朴だが中身のないようなお話でした。タイには成功に浮かれて羽目を外すタイプと規律を重んじ決してブレないタイプがいるが、ワンヒンは明らかに後者だ。

この記事は50連勝、メイウェザーの記録に並んだ時期のもので、現在は日本の福原との再戦も制して53連勝としている。だからあと2試合か3試合、縁起のいい55連勝あたりを終着点に見据えているのではないか。(54戦目も決まっている。VSシンペウェ・コンコ)

そのゴールに向けて、キャリアの最後にオスカー・デ・ラ・ホーヤのゴールデンボーイ・プロモーションズと契約したのは小さな驚きだが、最後の最後に大きな花火を用意しているのかもしれない。

その時の相手が日本人、ミニマムは無理でも、ライトフライ級なら是非受けて立って欲しい。今までの借りを返そうじゃないか。

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プクー

原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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