階級別 スーパーウェルター レジェンド

台風小僧一過/(Ferocious=El Feroz=狂暴)フェルナンド・バルガス

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意図せず悪童シリーズになってしまったが、フランシスコ・ボハドと言わずとも、もっとわかりやすい例にフェルナンド・バルガスがいた。テオフィモ・ロペスもライアン・ガルシアも、まさかボハドのようにはなりたくなかろう。世界王者になったとしても、流星の如く太く短いキャリアを築いたバルガスは先を急ぎ過ぎた。
バルガスになるのもデラホーヤになるのも、それ以上のスーパースターになるのも温故知新だ。今はまだバルガスの方が遥かに輝いている。台風のように過ぎ去った青春だったとしても・・・

フェルナンド・バルガスはボクシングの歴史上最年少のスーパーウェルター級世界王者だ。若くして急上昇した彼は流れ星のようだった。輝きを放ち、すぐさま燃え尽きた。

カリフォルニア州、オックスナードの労働者階級で生まれたバルガスは12歳でボクシングをはじめ、すぐさまセンセーションになった。

バルガス
「史上最年少で無差別級全国大会で優勝しました。16歳でした。この記録は誰も破ることができません。この年頃だとみんなノックアウトされてしまいますから、私の記録は17歳に変更されてしまいました。アメリカで132ポンド、139ポンド、147ポンドでアマチュアランキング1位でした。常に階級を上げても私は1番になりました。」

わずか18歳にしてアトランタオリンピックに出場、2戦目で物議を醸す判定負けをしプロに転向した。アマチュア戦績は100勝5敗だった。メインイベンツと契約したが、彼の前には多くのスカウトが訪れ、争奪戦を繰り広げた。

(Ferocious=El Feroz=狂暴)フェルナンド・バルガスは全て6ラウンド以内のKOで14連勝し、当時72勝2敗という記録を誇るIBFジュニアミドル級世界王者ヨリボーイ・カンパスへの挑戦権を掴む。若いバルガスにはまだ早すぎる挑戦とみられていたが、エンジン全開のバルガスはカンパスを圧倒し7回棄権でカンパスを降参させた。

2011年にカネロ・アルバレスが破るまで13年間、これがジュニアミドル級の最年少記録だった。

バルガスはこの王座を2年間で5度防衛、元世界王者のラウル・マルケス、ウィンキー・ライト、アイク・クオーティーらを破った。(ウィンキー・ライト戦は特にかなり物議を呼ぶ勝利だった。)

2000年12月2日、WBA世界スーパーウェルター級王者フェリックス・トリニダードと王座統一戦。

初回にトリニダードの左フックで2度ダウンを奪われるが、4回には逆にバルガスが左フックでダウンを奪い返す。その後もシーソーゲームが続くが、徐々にトリニダードのなかば強引な攻勢に押され、最終12回に3度のダウンを奪われ、1分33秒TKO負けを喫した。6度目の防衛とWBA王座獲得に失敗。なおスコアは接戦(100-103、100-104、99-104)だった。

バルガス
「あの試合に全てを捧げた。全ての試合が全力投球だった。もっと慎重に戦うべきだったかって?そうだね、でも俺は世界チャンピオンだ。最高のファイトがしたくてそれが俺がやったことだ。その夜全てをかけて戦った。死んでもいいくらいの覚悟だった。誇りをもって決して諦めずに戦った。それが世界チャンピオンの仕事だ。」

その後、ミドル級転向で王座をあけたトリニダードのベルトをホセ・フローレスと行い、7回2分39秒KO勝ちを収め王座返り咲きに成功、ずっと切望していたオスカー・デラホーヤとの対戦が実現した。

バルガス
「子供の頃からオスカーをみて育ってきた。ビッグベアでスパーリングしロベルト・ガルシアと共に走った。俺は疲れて道に倒れた。ロベルトは俺の前を走っていた。イヤホンをつけていたので倒れた俺に気づかなかった。オスカーはニヤニヤ笑いながら俺の横を走り過ぎていった。その時からいつかこの野郎をぶっ倒してやるとおもっていた。」

2002年9月14日、マンダレイ・ベイ・イベント・センターでWBC世界スーパーウェルター級王者オスカー・デラホーヤとの統一戦。

試合はハイレベルな打ち合いになり、初回にデラホーヤをロープに半身が出るほどラッシュ、その後も重い正確なショットでポイントを取るが、2回からはラウンドごとにシーソーゲームな展開に。スタミナを奪うデラホーヤの戦いの末、10回終了間際にデラホーヤの放った左スマッシュでダウン寸前の大きなダメージを負わされると、続く11回に左フックでロープ際に吹っ飛ぶダウンを奪われた。その後高速の連打をまとめられストップ。11回1分48秒TKO負けを喫し王座統一に失敗した。10Rまでのコスアは1-2(2者が94-96、97-94)だった。

敗れたバルガスは試合後にドーピング検査で引っかかりアナボリックステロイドのスタノゾロールの陽性反応が出たため、2002年11月20日に9ヶ月の出場停止処分が下される。

かつての自分自身の影を追いかけるように復帰後4連勝を果たすも、シェーン・モズリーに連敗、リカルド・マヨルガにMDで敗れ、2007年、26勝22KO5敗という短いキャリアで引退した。

現在41歳になるバルガスはラスベガスに住み、結婚して4人の子供に囲まれている。2人の息子は有望なアマチュアボクサーだ。都市部に住む子供達を支援するフェルナンドバルガスファイティングファンデーションを設立。かつてのライバル、オスカー・デラホーヤとは和解し友人関係を築いている。

ベストジャブ アイク・クオーティー

強烈で素晴らしいジャバーだった。彼のジャブは有名だったがその理由はしっかり強く打つからだ。そんな凄いジャブに対抗するにはしっかりジャブを外すことだ。それをやったから俺は勝つ事ができた。

ベストディフェンス オスカー・デラホーヤ

俺はオスカーにプレッシャーをかけていったが、最高のディフェンステクニックを持っていた。ヘッドムーブ、ジャブが巧くて偉大なリングIQを持っていた。

ハンドスピード クオーティー

モズリーも速かったけど想定外ではなかった。クオーティーの方が速かった。彼のジャブ、その他のパンチもとても速かった。

フットワーク デラホーヤ

リングカットしてオスカーを追い詰めようとしたけど難しかった。ロープに詰めて連打しようとおもったけど彼はロープに詰まることなく動いた。優れたリングジェネラルシップとスキルを持っていた。

ベストチン シェーン・モズリー

オスカーも打たれ強かったけどモズリーも相当だった。ありとあらゆるパンチを打ち込んだけど彼はタフだった。

スマート デラホーヤ

またしてもオスカーと言わねばならない。とてもインテリジェントだ。頭を動かさないと打った後に打たれる。同じ場所に留まっていると捕まる。オスカーはリングの使い方をよく知っていた。

屈強 フェリックス・トリニダード

人生で一度も経験したことがないようなパンチだった。トリニダードはたぶん拳に何か異物を仕込んでいたんだ。バーナード・ホプキンス戦でそれが発覚したよね。あれが俺のキャリアを縮めたんだ。距離をキープしようとしたけど出来なかった。アウトボックスしたかったけど出来なかった。異様に強靭、屈強だった。

ベストパンチャー トリニダード

俺は自分がダウンした記憶すらなかった。それまでアマでもプロでもダウン経験はなかった。5回もダウンしたみたいだけど試合の半分を覚えていない。それでも魂で戦っていた。

試合後、救急車で病院に搬送される途中、妻に「俺は倒れたのか」と聞いたら彼女は「あなたはダウンするたびに起きて試合を続けた」と言った。「何回ダウンした?」5回もダウンした事を知らなかった。それが戦士というものだ。俺のDNAに流れている血だ。ダウンを覚えてないが、心臓が動いていることだけはわかった。試合であろうが人生であろうがそれは関係ない。俺は決して屈しない。

コウモリに襲われたような気分だった。頭が爆発していた。信じられないよ。最初のダウンで俺が言った意味がわかるとおもう。あの試合をしなければ俺の選手寿命はもっと延びたとおもう。俺はリスクをとったんだ。善と悪のリスクを両方。

ベストスキル デラホーヤ

オスカーは過去最高のボクシングスキルを持っていた。何でもできる奴だった。アウトボックス、ファイト、自分が何をしてるのかもよくわかっていた。

総合 デラホーヤ

俺が戦った相手で最高のボクサーだった。俺は5人の世界王者に勝ったけど、本当にグレートな世界王者に負けたんだ。オスカーが誰よりも優れていたよ。

現役時は悪童ぶりが目立ちあまり好きではなかったが、才能は認めざるをえない。確かなるバックボーンもあった。しかし、アドレナリンが出すぎてでライバルたちとはボクシングの奥行き、ディフェンスに差があった。一番憎かったデラホーヤを賞賛するキャリアになった。

それでもその勢いのままに全てを呑み込む凄み、パワーもあった。若気の至り故の敗北なのか若さ故の強さなのか、とにかくフェルナンド・バルガスは抜群の人気と勢いでトップをあっという間に駆け抜けていった。

改めて、フェリックス・トリニダード戦で大きなダメージを抱えてしまったようである。トリニダードのなかば強引な攻勢に押されとあるが、何かが普通じゃなかったのかもしれない。残念ながら、トリニダードはここにも出てくるが、どうやら黒に近い灰色だ。

通じなかったメンチ切り/ウィリアム・ジョッピー

ウィリアム・ジョッピー、日本人初のミドル級王者、竹原慎二からベルトを奪い、引退に追い込んだ因縁の王者だが、憎きとか悪い印象は全くない。やはりミドル級の王座はすごいんだなと感じただけだ。そんなジョッピー ...

死ぬまで諦めなさそうな闘争本能と、ストップせざるを得ないド派手なダウンで一時代を築いたバルガス、太く短いキャリアだったが、やりようによってはもっと長く活躍できる名王者になりえたのかもしれない。

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原始的で単純明快なスポーツです。生涯一度の敗北、無敗で引退したボクサーもいます。負けても次頑張りますというスポーツとは違う残酷さ、無常さが好きです。

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